あなたのそばにいさせて


「元木課長、告白されたんだって。太田フーズの新人受付嬢」
 昼休み、一緒にランチに出た小山田さんの情報がこれ。
「え、またですか。あれ?この前はベテラン受付嬢でしたっけ」
 小山田さんは頷いた。
「そのベテランと新人が火花散らして、勝手に課長を取り合いしてたんだって。ちょっと前から大変だったらしいよ」
 小山田さんは苦笑いしてる。私もだ。

 太田フーズは我が社の古くからの取引先で、出入りすることも多く、課長が太田フーズの女性に誘われることは珍しくない。
 さすがに、本人のいないところで取り合いなんて話は初めて聞いたけど。

「課長はそんなことどこ吹く風で、返事はもちろん『鉄壁の微笑み』でお断りだって」
 小山田さんは太田フーズに友人がいるらしく、太田フーズで何かが起きると、素早く正確な情報を持ってくる。
「はあ〜、相変わらずモテますね」
「ほんとねー。そうそう、友達が言ってたんだけど、雑談でもプライベートな話はしないって。うま〜く避けるらしいよ」
「さすがですね。それでこそ『鉄壁』」
「あの『鉄壁』はどういう時に崩れるんだろうね。やっぱり好きな人の前ではデレたりするのかな」
「見てみたいなー、それ」
「遥ちゃん、頑張ってみたら?」
 小山田さんがニヤニヤしている。
「だから、私はファンですから。そういうんじゃないんですよ」
「そうは言うけど、好きなんでしょ?」
「好き、の種類が違います。私のは、恋じゃなくて、目の保養なんですから。アイドルを見てる感じって前から言ってるじゃないですか」
「アイドルねえ」
「アイドルがダメなら、もうちょっと近い感じで、学校の生徒会長とか。ちょっと遠くで、姿が見えるだけで満足、みたいな」
 小山田さんの目に憐みが浮かぶ。
「遥ちゃん……早く彼氏作りな」
「言われなくても作りたいですよ」
「あー、俺、立候補」
 後ろから声がした。
 この声は、振り返らなくてもわかる。
「赤木の立候補はいらない」
「がーん、しょっく〜」

 同期の赤木優太。こいつも、背が高くてイケメンの部類に入るので、課長ほどではないけど人気はある。
 人懐っこくておしゃべりが上手いので、取引先には気に入られることも多く、そつなく仕事をする。
 しかし、軽い。
 今みたいに彼氏に立候補するのはしょっちゅうだし、他の子にも言っている。
 同期としては楽しい友人だけど、付き合うのは遠慮したい。
 今は特定の彼女はおらず、ちょいちょい軽く遊んでるんだ、と本人は言っている。

「俺も混ぜて」
 赤木は、私の隣に座って店員さんを呼び、ランチセットを注文した。
「赤木君、1人なの?珍しいね」
 小山田さんは赤木を可愛がっている。弟みたいだから、と前に言っていた。
「書類作るのに手間取ってたら、みんないなくなっちゃったんすよ。で、1人で出たら、小山田さんと藤枝がいたから」
 ニカッと笑う。
「ね、赤木君も知ってるでしょ。太田フーズの」
「あーあれ。俺、とばっちりくってますから」
「えーどんな?」
「太田フーズ行くと、課長のことで質問攻め、ひどかったんすよ。答えないと取り次いでもらえなくて、もうお手上げ」
「ひどいね、それ」
「でしょ?仕事してくれって感じですよ〜」
 赤木も苦笑いだ。
 その後、小山田さんは、友達から聞いた話を披露して、私と赤木はそれを聞きながら、ランチの残りを食べ終わった。

 いつも思うけど、課長はどこでお昼ご飯を食べてるんだろう。
 昼休みになると、社外に出るのは知っている。
 ランチもいろんな人に誘われているけど、もちろん全てお断り。
 本当にたまに社内にいる時は、食べる暇もないほど忙しいらしい。ゼリー飲料で済ませているのを見たことがある。

「ねえ赤木」
 小山田さんの噂話が一段落するのを待って、話しかける。
「課長と一緒に外回りする時は、お昼ご飯はどうするの?」
「んー、昼飯はあんま食べないな」
「え?」
「まず、昼飯時にかかるような外回りはしない。課長がうまく避けてる」
「え、そう?」
「今まで、課長と昼飯は一回しか食ったことない」
「え、でも一回あるんだ」
「おう。普通の定食屋で、日替わりだった」
「……普通だね」
「普通だよ。俺もそう思って普通ですねって言ったら、いつものアレで笑ってた」
「課長が日替わり定食食べてるの見たい」
「出た、元木マニア」
 赤木は私のことをこう呼んでいる。
 確かに、課長のいろんな情報を集めたり、いろんな表情を見るだけで満足な私には、ぴったりの言葉かもしれない。
「話題が仕事のことだけなら、案外普通にいろんな顔してるぞ」
「え、そう?」
「そうね、微笑んでるだけでもないと思うけど」
 小山田さんまで、そんなことを言う。
「ちょっと眉根寄せたり、一瞬だけイラッとしたりね。タイミング良くないと見逃しちゃうのよ」
「えー私見たことない」
「藤枝は注意力が足りないんだよ」
「仕事を一生懸命してるって言ってよ」
 赤木がランチコーヒーを飲み終わったので、店を出た。



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