あなたのそばにいさせて


 そんな中、3号店の何度目かの打ち合わせがあり、上原さんが来社した。
 ビルの1階ロビーにお迎えに行くと、上原さんが誰かと話している。
 私から見ると上原さんに隠れていて、誰だかわからなかった。
「上原さん、お待たせ致しました」
 声をかけたら、上原さんの横からひょこっと顔を出したのは、橙子さんだった。
「こんにちは」
 満面の笑みだった。
「あ……」
 私は驚き過ぎて声も出なかった。
 その私を見て、上原さんが笑う。橙子さんも笑っている。
「遥さん、口、パクパクしてますよ」
 橙子さんの声は、かすれていない。綺麗な声。
「ど、どうして橙子さんが?」
 驚く私に、上原さんが笑いながら答える。
「すみません、D-UKで打ち合わせをしていたんですが、こちらに行くと言ったら、橙子も行きたいと言い出して……連れてきてしまいました」
「3号店の打ち合わせと聞いたので……突然ですみません」
 ちょっとしゅんとする橙子さん。可愛い。
「いえ、赤木も喜ぶと思います!どうぞ、ご案内します!」
 私がそう言うと、橙子さんはニコッと微笑んだ。
 明るい、素敵な笑顔だった。

 上原さんと橙子さんをB室に案内すると、待っていた赤木も、私と同じく驚いていた。
 私よりは立ち直りは早かったけど。
「課長にはご連絡しましたか?」
 赤木が聞くと、橙子さんはニコッと笑って首を振った。
「仕事の邪魔かと思って」
「じゃあ後で様子を見てみます。今日は外出の予定はないはずなので」
 橙子さんは、それを聞いてふふっと笑った。

 橙子さんは、大分元気になっているようだ。
 課長が、回復のスピードが目に見えて上がったと言ってたけど、想像以上だった。

 そして、橙子さんの印象は変わった。
 もっと、静かな、おしとやかなイメージを、勝手に持ってしまっていたけど、明るくてよく笑う、天真爛漫な女性のようだった。
 初めて会った時の、あの儚げな雰囲気はどこかへ行ってしまった。
 表情が豊かで、くるくる変わる。
 私は似てるって言われたけど、橙子さんの方が大分魅力的だと思う。

 打ち合わせはデザインの部分は終わっているので、橙子さんの出番はほとんどなかった。
 上原さんの隣で、黙って話を聞いている。
 真剣な顔だけど、何を思っているのかすぐにわかってしまう。
 前に上原さんが『おもしろいくらいに感情が表に出てくる』と言っていたけど、本当にそうだ。
 生き生きとしていて、少女のように、可愛らしい。
 課長が、とろけそうな顔で『婚約者が』と言うのがわかる気がした。

 打ち合わせが終わりそうになった頃、赤木が私に目配せした。
 課長の様子を見てこい、ということらしい。
 私が席を立つと、橙子さんも立ち上がった。
「遥さん、お願いがあるんです」
 橙子さんは、にっこり笑った。




< 41 / 46 >

この作品をシェア

pagetop