あなたのそばにいさせて
B室に戻って、片付ける。
赤木が資料を、私がカップやペットボトルを持つ。
「課長と橙子さん、本当にうまくいってるみたいだな」
「そうだね。前に言ってた変な感じがなくなってた。すれ違ってないね」
「うん。良かったな」
赤木も、すっきり笑っている。
「ようやく、止まってた時間が動き出したってとこかな」
赤木がそう呟いた。
ああ、そうか。
課長が、私を通して心配していた、あの頃の橙子さんが、動き出したんだ。
だから、あの微笑みに混ざる淋しさはなくなったんだ。
あの淋しさは、課長の後悔だったんだ。
無理して、壊れてしまうまで、気付けなかった後悔。
橙子さんの時間が動き出したから、その後悔はする必要がなくなって。
だから、昔の橙子さんじゃなくて、今の私を見てくれるようになったんだ。
そして、私は、わかってしまった。
課長に、私を、見てほしいと思っていたことを。
課長の、優しくて愛おしい目を、自分に向けてもらえたら、と思っていたことを。
課長の隣に立ちたいと、思っていたことを。
その思いが、なんなのかを。
急に、一瞬でいろんなことが頭の中を駆け巡った。
私は、恋を、していたんだ。
決して叶うことのない。
だから、目の保養だと言って、憧れだと言って、自分をごまかしてしまった、恋を。
急過ぎて、自分の気持ちについていけない。
それが、涙になって、溢れ出た。
B室を出る直前に、何気なく私を振り返った赤木がギョッとする。
「うわ、なんだよ、どうした藤枝」
凄く焦っているのが、涙の向こうに見える。
「ちょ、ちょっと落ち着け」
赤木は持っていた資料を置き、私が持っていたカップやペットボトルを受け取って置いた。
焦って、私にハンカチを差し出す。
私は受け取って、目に当てた。
「なんか、前にも、こんなことあった」
涙声で言うと、赤木はちょっと笑った。
「そうだな……あの時と同じじゃないんだろ?」
「違う……」
私は泣き続けた。
「赤木……」
「んー?」
「私、自覚、したよ……」
赤木は、私の頭に手を置いた。
「そっか……」
そのまま、ポンポンとなでてくれる。
さっき、橙子さんがなでなでしてくれた感触とは違う。でも、気持ちいい。
私はしばらく泣き続け、赤木はその間、ずっと頭をなでていてくれた。
おかげで、泣く時間が少しだけ短くなった気がした。