あなたのそばにいさせて
駅からの帰り道。
今日は遅くなっていないのに、赤木は当たり前のように送ってくれている。
泣き過ぎて顔が痛い。
何も話す気になれなくて黙って歩いていた。
赤木も、黙って隣を歩く。
何も話さなくても、気まずくならない。
話す必要がない。
こういう時、赤木の存在は本当にありがたい。
「……ありがとう」
マンションに着いて、いつものところで立ち止まって、私は言った。
顔が腫れぼったいので、恥ずかしくてうつむいたままでいると、赤木の足が目に入った。
「……部屋まで行く」
優しい声が聞こえてきて、私の右手は赤木の左手の中に収まる。
手を引かれて、私の部屋の前まで来ると、赤木は手を離した。
また、優しい声が聞こえる。
「入れよ。飯、ちゃんと食えよ」
頭をポンとなでる。
「……ありがとう」
頷いて私が言うと、ポンポンとなでられた。
ちょっと顔を上げると、優しい眼差しが向けられている。
「……あんま、斜め上に行くなよ」
ボソッと呟いた。
意味がわからずにいると、またポンとなでる。
「早く入れ。鍵閉めたら帰るから」
「……うん」
私は鍵を開けて、中に入る。
ドアを閉める前に、もう一度赤木の顔を見た。
やっぱり、眼差しは優しかった。
「ありがと……気をつけてね」
「おやすみ」
ドアを閉めて、鍵をかけた。
赤木の足音が遠くなっていく。
無性に淋しくなって、もう一度泣いた。
泣いて、泣いて、とにかく泣いた。
もう一生分泣いたんじゃないかと思えるくらい泣いた。
次の日、顔はひどいことになっていたけど、気分はすっきりしていた。
恋する前に失恋していたなんて。
自分でも呆れてしまう。
でも、この恋、して良かった。
素直にそう思えて、心は晴れ晴れしていた。