あなたのそばにいさせて
2.


「赤木君、真中建築事務所から。1番ね」
 小山田さんが電話を取り次いだ。
 電話は担当者の携帯電話に直接かかってくることが多いのに、会社にかかってくるなんて珍しいなと思った。
「えっ⁈」
 電話を替わった赤木がガタッと立ち上がる。そして、課長を見た。
 課長も、窺うように赤木を見ている。
「はい、……はい、そうですか……、わかりました。とにかく上司に報告して、折り返しご連絡致します」
 赤木は、課長を見たまま先方と話し、最後に「お大事になさってください」と言って、電話を切った。

「課長、真中社長が、交通事故で入院したそうです」
 周りの人達の動きが止まった。
 赤木は、課長の席へ歩きながら続ける。
「命に別状はないそうですが、頭を強く打っていて、今のところ絶対安静だそうです。それと、右の腕と脚を骨折したそうで」
 命に別状はない、のところで、みんながほうっと安堵のため息をつく。

 真中建築事務所とは、建築士でありデザイナーでもある真中社長が葉山建設から独立して作った会社だ。
 建築物だけでなく、商品開発や店舗デザインなど、興味のあることは全て手がける。総合プロデュースのようなこともしている。
 我が社からは、今、太田フーズの直営レストラン1号店の設計を依頼している。
 まだ企画は走り出したばかりだけど、オープンまでそれほど時間が取れず、なるべく急がなければいけないと聞いている。

「今の電話は?」
「副社長です。頭の方は検査の結果次第ですが、意識も記憶もはっきりしてるし、おそらく大丈夫だろうと。骨折の方は、動けるようになるまでに1ヶ月はかかりそうだって言ってました」
 副社長は、真中社長の奥様だ。公私共にパートナーで、お2人はとても信頼し合っていることは、はたから見てもよくわかる。素敵なご夫婦だった。
「太田フーズの件は、まだ始まったばかりだし、期間と仕事量を考えると、ちょっと厳しいと思う、と、これは社長の考えでもあるそうです」
「そうか……わかった。とりあえず部長に報告して、対策を考えるか。一緒に来てくれ」
 課長と赤木は、一緒に部長のところへ行った。

 真中社長は、恰幅の良いおじさまで、年齢は50歳くらい。気さくにいろんな人に話しかけて、場を和ませてくれる。
 仕事も人柄の通り、手がけた建物や商品・お店は、ほっこり落ち着くと評判だ。
 ウチの部署は、みんな真中さんが大好きで、だから命に別状はないと聞いてホッとしたのだけど……。

 太田フーズの仕事、大丈夫なんだろうか。

 心配しながら自分の仕事を進めていると、ほどなくして2人は戻ってきた。
 私が見ていることに気付くと、赤木はニカッと笑う。
「14時からB室で打ち合わせするから。小山田さん、参加してください。藤枝もな」
 了承の返事をして、頭の中で自分の予定を組み替える。
 ただ今10時半。ということは、今やっているこの仕事は早く終わらせないといけない。
 私はパソコンに向き直って、気合いを入れた。




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