あなたのそばにいさせて
14時。
来客や会議に使うミーティングルームB室に、元木課長、赤木、太田フーズの他の案件担当の篠山さん、小山田さんと私が揃った。
太田フーズの直営レストランの担当者である赤木が口を開く。
「皆さんご存知と思いますが、真中社長が入院中のため、太田フーズの直営レストランの設計は真中建築には依頼しないことになりました」
身内だけのせいか、ここから赤木の口調はかなりくだけた感じになってくる。
「そうすると、別のところに頼むことになるんですけどねー」
篠山さんがちょっと渋い表情をする。
「別のところって言ってもなあ、どこでもいいって訳じゃないだろうし。太田フーズの希望は真中さんだったんだろ?真中さんのあの感じを出せる人となると……」
篠山さんは、柔らかい雰囲気の、笑顔が優しい男性だ。32歳で、家に帰ると2歳の娘さんにデロデロらしい。20代が多いウチの部署ではベテランに入る。
赤木が、印刷されたリストを出した。
「真中さんの代わりができそうなところにはあたってみたんすけど、やっぱりスケジュールがキツいからって、どこもダメでした」
リストには会社名が並んでいて、バッテン印が続いていた。赤木が電話しまくっていたのはこれだったんだ。
篠山さんがリストを手に取った。
「もう全部電話したのか?漏れ、ないか?」
「ないっす。ぜーんぶバツついてますよ、俺の知ってるところも、篠山さんの秘蔵リストも」
「それでダメとなると、お手上げだなあ」
小山田さんと私の方にも、リストが回ってくる。結構な量があった。
課長はずっと黙っている。何かを考えている。
不謹慎だけど、珍しい表情だなあと思っていたら、口を開いた。
「オープンは延ばせないのか?」
「なんでも、会長のお母さんの誕生日に合わせたいそうで。卒寿なんだそうです」
卒寿って、90歳か。
篠山さんが苦笑した。
「会長のお母さんか。先代副社長様だな」
「そういう会社だとは知ってますけど……困りましたね」
小山田さんも苦笑する。
太田フーズは一族経営で、その結び付きは堅固で有名だ。
赤木が頭をかきながら言う。
「あとは……コンセプトを変えるしかないかなあ……そんで、違うところに頼むか……」
段々声がしぼんでくる。コンセプトを変えるのは、赤木が嫌なんだろう。
前に『「子どもからお年寄りまで、どんな世代も、一緒に美味しいものが食べられる場所を作りたい」って太田フーズの社長の熱弁聞いちゃったよ〜』と言っていた。
軽口のように言っていたけど、その熱弁を叶えたいと思って、今までやってきたんだと思う。
それは、みんなが知っている。
「心当たりが、ないこともない」
課長が、考えながら話し出した。
「D-UKは知ってるか?」
赤木が身を乗り出した。
「知ってますよ。いろんなジャンルのデザインとか設計をやってますよね」
「ディーユーケー?」
私は口の中で呟いたつもりだったのに、みんなに聞こえていたらしい。
「ここよ」
小山田さんが、タブレットでホームページを見せてくれた。
D-UK株式会社
すべての“モノ”“ヒト”“コト”を大切に
トップページにはこう書いてある。
建築デザインの会社のようだ。
実績を見ると、赤木の言った通り、人気ショップの店舗開店やリニューアル、ホームページ制作なんかも手がけている。
ホームページを見ているだけでわかる。
優しさ、暖かさ、愛情を感じることができる。
ここなら、真中社長の代わりが務まるはずだ。
タブレットを見ている私の横で、小山田さんが言う。
「D-UKは、私も知ってます。真中社長の代わりは充分可能だと思いますけど、人気ですからそれこそスケジュールがどうか、って感じですよね。ウチの社とは、今まで取引はありませんし」
「それは、言ってみないとわからないからな。赤木はどうだ?」
課長が、まっすぐに赤木を見る。
赤木は嬉しそうにうんうんと頷いている。
「やってもらえるんならぜひお願いしたいです」
「課長、ツテでもあるんですか?」
篠山さんが聞くと、課長は曖昧に笑った。
「連絡取ってみるから」
そう言って、電話を持って出て行った。
赤木が、ホッとしたようにため息をつく。
「うまくいくといいね、赤木」
私が言うと、赤木はニカッと笑った。