千景くんは魔法使い
すれ違う人たちの顔ぶれは毎朝同じで、どうやら15分で支度したおかげでいつもの時間に登校できていた。
……ふう、よかった。
私は家でのドタバタを消すようにゆっくりと歩く。乱れた髪の毛を整えて、セーラー服のリボンもきちんと結び直していると……。
「わっ!!」
突然、誰かから勢いよく抱きつかれた。
「ひぃぃ……!!」
ビックリして体が硬直する。どうやら声が響きすぎたようで周りの人にも二度見されてしまっている。
私の腰には小さな手。おそるおそる振り向くとそこには……。
「よう!」
水色の園服を着て、元気な笑顔を浮かべているそうまくんがいた。
「え、そうまくん?どうしたの?」
職場体験の日から約3カ月。子供の成長は早いというけれど、そうまくんは一目でわかるほどに大きくなっていた。
「どうしたのって、姿が見えたから脅かしにきたんだよ」
生意気な口調は相変わらずだ。
幼稚園の前にはピンク色のバスが止まっていた。どうやらそうまくんは幼稚園に登園して、ちょうどバスから降りてきたところだったみたい。
「もう、ひとりでうろうろしたらダメだよ。前に怖いことがあったの忘れたの?」
「忘れてないよ。だから謝りに来たんだ。あの時は本当にごめんなさい」
シュンとした顔が可愛くて、私は腰を屈めて頭を撫でた。
「うん、大丈夫。もういいよ」
「あと、ペチャパイって言ったこともごめんなさい」
「それは……うん、もう忘れよう?」
せっかく忘れていたのに、千景くんに聞かれた挙げ句にクスリと笑われたことまで思い出してしまった……。
わかりやすくショックを受けていると、そうまくんは背伸びをして、私の耳に顔を近づけてきた。
「ねえ、あの時さ、千景せんせい魔法使ったよね」
「ええ?」
予想外の言葉に、また声が大きくなる。