千景くんは魔法使い
「でも小野寺はきっと……」
「なに、俺の話?」
その声にビクッとなる。気づくと千景くんが登校してきていて、そのままカバンを置いて席に着いた。
「あー小野寺がいつも眠そうだって話。ね、花奈」
「う、うん」
桃ちゃんがうまく誤魔化してくれた。
だけど、私はさっきのやり取りがずっと耳に残っていて平常心ではいられない。それはホームルームが終わって一時間目の授業が始まっても続いていた。
――『花奈って、小野寺のこと好きでしょ?』
もう、桃ちゃんがあんなこと言うからだ。
「あ、あれ」
しかもこんな時に限って数学の教科書がない。そういえば抜き打ちでやった小テストの結果が悪くて、あとで復習しなきゃと教科書を家に持ち帰ったんだっけ。
「教科書、忘れたの?」
千景くんが私の様子に気づいてくれた。
忘れたと言えば、千景くんに借りることになる。そうなれば教科書は半分ずつ見なくちゃいけないし、千景くんの勉強の妨げになってしまう。
「わ、忘れたけど大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ。ほら」
千景くんはなんの躊躇いもなく机をくっ付けてくれた。
教科書は真ん中にぴたりとおさまったけれど、私の鼓動はおさまらない。
少し動けば肩が当たりそうなほど、千景くんは私の隣にいた。
千景くんの指って本当に長くて綺麗。ううん、それだけじゃない。
私にはない体の骨っぽさとか、伏し目がちになるとわかるまつ毛の細さとか、石鹸みたいな千景くんの匂いとか、ぜんぶ、ぜんぶ、意識してしまう。