千景くんは魔法使い


「雨がどうしたの?」

「なんかね、雨の日はくしゃみが出やすいの……」

おそらくなんらかのアレルギーなんだろうけれど、日常生活に支障はないので、ちゃんと調べたことはない。

くしゃみが出ないように鼻を押さえていると、千景くんがクスリと笑った。


「遠山さんのくしゃみって、小動物みたいで可愛いね」

「え、そ、そんなことは……くちゅん」

「押さえすぎて鼻赤くなってるよ」

千景くんに指で鼻先をトントンされて、鼻だけじゃなくて顔も赤くなっていると思う。


「くしゃみってしゃっくりと同じで気にしてると余計にひどくなると思うから、これでも見て気を紛らわせる?」

千景くんは私の鼻先に触れた人差し指で、今度は机に広げている教科書を叩いた。

ベートーベンの曲が載っている譜面。五線譜の上にいる音符が動いていた。


「わあ……おたまじゃくしみたい!」

まるで譜面が海になっていて、そこを泳いでいるようだった。


「俺、小さい頃に近所の川でおたまじゃくし見つけて家で飼ってたことある」

「え、それって成長すると……」

「うん、カエルになったけど」

「私、カエルはちょっと苦手かも」

「じゃあ、苦手じゃないこと話そう。うーん、そうだな。普段、音楽とかなに聴く?」

「好きなドラマの主題歌とかダウンロードしたりするよ。千景くんは?」

授業中にこんなに雑談してたらダメなのに、千景くんとのお喋りは楽しかった。

そうこうしてるうちに、本当にくしゃみが止まっていた。千景くんは優しさという魔法も持っている。

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