2度目の人生で世界を救おうとする話。前編
「やっぱり、紅はこうじゃねぇとな」
驚いて未だに黙って武を見つめていると武は本当に嬉しそうにくしゃりと私に笑ってみせた。
ああ、この顔はずっと昔によく見た顔だ。
私たちがまだ初等部だった頃、ひたむきに努力し続け、いつもお互いの夢を語り合っていたあの日の眩しい顔だ。
いつからかお互いに出なくなってしまった顔。
「お前に負けねぇように俺も頑張らねぇとな」
「…俺も負けないよ、武」
お互いにあの夢を語り合っていた初等部の頃のように笑い合う。
やっぱり武の隣は心地いい。お互いがお互いをよきライバルと認め、切磋琢磨し合える関係だ。
厳密に言えば目指す場所は全然違うが、それでも武とこうして笑い合えることが私は何よりも嬉しかった。
「…」
それと同時に満たされれば満たされるほど私はこの満たされた日々がいつか終わってしまう辛い現実が待っていることにどんどん怯えていく。
終わらないで欲しいと願ってもきっとこの願いは叶わないのだろう。
「まだいろいろ聞きたいことはあるけどよ、あのネックレスを紅が手放せた理由が何となくわかったわ」
「…」
顔色こそ一切変えていないが、近い将来に現在進行形で怯えている私とは違い、武はどこかすっきりした表情をしている。
「…そっか」
私はそんな武に多くは語らずにただ笑ってみせた。
あの男の子の妖に私の1番大切なものだと言って渡したネックレス。
あれは初等部の入学祝いで父から貰ったもので、私の短い人生の中で父から直接手渡しで貰ったものはあのネックレスだけだった。
父に「これはお前が立派な当主になれるお守りだ」と言われて渡されたあのネックレスは文字通り私の1番大切なお守りになり、これさえ大切に持っていれば私は女であっても立派な男に負けない能力者になれ、当主になれると思っていた。
だから私はあのネックレスを肌身離さずずっと着け続けた。武だけではなく、私と親しい人なら私があれをどれだけ大切にしていたかわかるはずだ。
あれは父から貰ったすごく大袈裟だが1度目の私からすれば、宝であり、それと同時に私の〝認められたい〟という執着の形だったのだと今では思う。
だが、2度目の私は違う。
もう私は次期当主にも守護者にもなりたい訳ではない。
それに私は1度目と違い、父や葉月家に認められたいとも思っていない。
私には別の目標がある。
だからあのネックレスは今の私には不要なものなのだ。
ただ習慣として自分の首に付けていただけにすぎない。