その上司、俺様につき!
「いや、それは次の質問にしよう。そのことよりもまず、他に聞きたいことがある」
「……どうぞ」
まるでまな板の上の鯉にでもなった気分だった。
抱きしめる強さは緩んだとはいえ、まだまだ解放していただけそうにない。
(久喜さんの気が治るまで、じっとしていた方がいいみたい……)
私は窓ガラス越しに彼の背中を見つめながら答える。
「何でも答えますよ」
「……プライベートなことでもか?」
「プ、プライベートに関してのご質問ですか?」
まさか、そんな角度から投げられた玉が飛んでくるとは思っていなかった。
なんとかグローブに収めはしたものの、困惑は隠せない。
「そ、そうだ」
久喜さんも戸惑っているのか、なんとなく歯切れが悪かった。
「いいですよ。言ってみてください」
……特別な意味がないとはいえ、好きな人の胸に抱かれているのに、普通に会話している自分が不思議だった。
ジェットコースターのように急激な状況の変化に、ある意味感情が麻痺してしまったのかもしれない。
「君は……」
再び腕の力が強くなる。
せっかく楽に呼吸ができるようになったのに、またグッと喉と肺が潰される感覚が私を襲った。
そうやって体を押しつけ合うように抱き合うと、今まで聞こえてこなかったドッドッドッドッという低い音が鼓膜に届く。
(これは……久喜さんの心音?)
なぜこんなにも、彼は緊張しているのだろう?
「意味わかんない……」
無意識に漏れてしまった私の呟きにすら、こうして体をこわばらせて反応してしまうほど。
そのまましばらく久喜さんに抱きしめられるまま、じっと動かないでいると、ようやく彼が重い口を開いた。
「今、付き合っている人はいるのか?」
「……彼氏ってことですか?」
「そうだ」
聞き間違いかと思い確認したが、本当に久喜さんは私に交際相手がいるかどうか聞いているようだった。
「それって業務に関係あります?」
純粋な疑問をぶつけると、もごもごと口ごもった末、彼は開き直る。
「……最初からプライベートな質問をすると言っただろう!」
罰だとでも言うようにググッと強く胸を押しつけられ、さすがの息苦しさにあえいでしまった。
「いま、せん! いませんよ、前の彼氏と別れてから、ここ4年ぐらいフリーです!」
「では、好きな男は?」
息も絶え絶えに告白する。
これで自由にしてくれるかと思いきや、次の質問が間髪入れずに飛んできた。
「す、好きな男?」
「そうだ。何度も言わせるな」
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