その上司、俺様につき!
「っていうか、そんなに飲んで大丈夫かよ? 明日も仕事だろ。今日はまだ水曜日だぞ?」
「ずい、よう、び……」
しかもこの天使は、私の心の傷はもちろん、体調まで気遣ってくださる。
なんてありがたいのだろう。
「そうだよ。まだ木曜日と金曜日が残ってんだから。ヤケ酒もそのへんで止めとけって!」
次のお酒は何にしようかと、握りしめていたメニュー表を奪われる。
「あっ!」
「『あっ!』じゃないっつーの!」
ぐでんぐでんに酔っ払った私を見て、飯田君がブフッと吹き出した。
「アルコールは、一時的な現実逃避にしかならないんだしさ!」
「……それは、わがっでる」
お酒に溺れたところで、得られるのは刹那的な快楽だけだ。
家に帰ればお風呂に入って明日の支度をして、陽が昇ればまた会社に出勤しなければならない。
「会社……行きだぐないよお……」
私は再びテーブルに額を押しつけると、ヒックヒックと嗚咽を漏らした。
「何があったかは知らないけどさ……」
ふと、頭に暖かい温度を感じる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって!」
その暖かさは程よいスピードで、私の頭を上下している。
(頭を撫でられたのって、成人してからは初めての経験かも……)
状況を察するに、突っ伏したまま動かない私の髪を、飯田君が撫でてくれているようだった。
「何の……根拠があっで、そんなごど言うのよ……」
自分でも駄々をこねていると自覚していたが、アルコールに浸かってしまった理性は、感情のストッパー職務を完全に放棄していた。
優しくされればされるほど、わがままを言いたくなってしまう。
「大丈夫……とが、簡単に言わないで」
面白いくらいに、思ったことがそのままポンポンと口から飛び出す。
「遠藤?」
「……全然、大丈夫じゃねぇっづーの」
うつらうつらと眠気まで襲ってきた。
ここで寝てしまうわけにはいかないのに、今意識を手放せばさぞかし気持ちがいいんだろうな、という誘惑に勝てそうにない。
「お前さ、すんごい頑張り屋じゃん」
「……ぞう?」
もはや飯田君の呼び掛けになんとか返事をすることで、意識をギリギリ保っている状態だった。
飴色をしたカウンターテーブルの木目を至近距離で見ていると、さらに酔いがまわる。
話しかけられている内容は一応理解しているが、認識した直後に次々忘れてしまう。
記憶する機能がまるで働いていなかった。
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