その上司、俺様につき!
目を覚ますと、世界がぐらんぐらんと揺れていた。
「ここ……どこ?」
ウッと胃からこみ上げる衝動をこらえつつ、私を揺さぶっている元凶に尋ねる。
「もうすぐお前の家だよ……」
くぐもった声が、ぐったりともたれかかっている背中の向こうから聞こえた。
(まさか、おんぶ……されてる?)
働かない頭を駆使して、自分の置かれている状況をなんとか推理する。
あのまま焼き鳥屋で酔いつぶれてしまった私は、どうやら飯田君におぶられて自宅まで運んでもらっているようだった。
「私の家……知ってたっけ?」
「ほんの20分前の記憶もなくすとか、今日はお前相当重症だな!」
こんな時でも彼は、私を刺激しないようにカラッと明るく笑い飛ばしてくれる。
「あー、私から言ったんだ……」
「そうだよ! マンションの部屋番号までしっかり家の住所告げるわりには、電車で帰るって言って聞かないしさ。お前マジ、明日から禁酒しろよなー」
左腕に私のバッグを引っ掛け、背中に私を背負って前に進んでくれる飯田君。
時折スマホの地図アプリで、左右をキョロキョロ見ながら現在地を確認していた。
「おんぶなんかされるの、何年振りだろ……」
「俺は成人女性をおんぶするなんて、生まれて初めての経験だよ」
「ごめん……重いでしょ?」
ここのところ仕事で忙しくしていたせいで、食生活はもちろん、睡眠時間も乱れがちになっていた。
そのせいか、チョコレートやクッキーといった甘いものへの欲求が凄まじく、そろそろ摂生しないとヤバいと思っていたところだった。
「重いよ、そりゃあ」
はっきり言われてカチンときたが、散々お世話になっているこの状況では何も言えない。
(でも、だからってストレートに言うことないじゃない……)
謝らなければいけない立場なのに、むっつりと黙り込んでしまった。
「冗談だって! お前の家までは落とさずに運べるくらいの体力もあるし。心配すんな!」
立ち止まり、よいしょっと私の体を抱え直すと、飯田君は再び歩き出す。
「あー、そこ……右」
「ん? こっちの方が近道?」
「うん、右に曲がってくれると助かる……」
腕を伸ばして背中越しにあれこれ指示していると、
「お前、もしかしてもう自力で歩けるんじゃねぇの?」
と冷静なツッコミを受けた。
「う、うん……い、いけるかも? ねぇ、ちょっと下ろしてもらってもいい?」
「いや、急に下ろせって言われても……ここじゃ坂道だし危ないだろ」
確かに飯田君の指摘通り、若干登り坂になっているこの場所で下ろされるのは危険だ。
最悪、後方に転げ落ちてしまうかもしれなかった。
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