その上司、俺様につき!
「あー、こりゃ明日絶対筋肉痛になるわ」
「……このご恩は必ず」
「何? 倍にして返してくれるって?」
少しでも首を動かすだけで頭痛がするため、私は頷く代わりに両腕で大きな丸を作った。
「楽しみにしてるわ」
クックッと喉の奥で飯田君が笑う。
(本当に、なんていい人なんだろう……)
その笑顔を見ながら、私は後日改めて、本当にきちんとお礼をしなければと心に誓った。
「そうだ。なぁ、何か飲まない?」
公園の入り口近くにある自販機を彼が指差し、提案してくれる。
これ以上厚意に甘えるのも……なんて遠慮は今更だった。
「お茶が飲みたいです……」
「はいよー」
飯田君は軽い調子でそう言うと、財布を手に軽快な足取りで自販機に向かった。
「はあ……」
自分でも、今、自分がお酒臭いのがわかる。
(異動の話を聞いた時だって、こんなに酔った覚えはないのに)
視線を膝に落とすと、ストッキングには電線が走り、うっすらだが血が滲んでいた。
(バチが当たったんだわ……)
遅ればせながら、本日の行動を1つ1つ省みる。
でも自分自身の反省よりも先に、やっぱり彼のことが心に浮かんでしまう。
(久喜さんは一体どうして、私のことを抱きしめたんだろう……)
プライベートであんなに強く抱擁されたら、それこそ好意の証と考えて間違いないだろうが、いかんせん現場は会社だった。
(業務時間外とはいえ、まだ退社していない状態であんなこと……普通にするものかな?)
足をブラブラさせ、なかなか戻ってこない飯田君を目で探すと、何やら自販機の前で苦戦している様子だった。
何かトラブルが起きているのだろうか。
「大丈夫ー!?」
時間が時間なので控えめに、でも聞こえるように呼びかけると、先ほど私が彼に示したように両腕で大きな丸を作った。
「……もう」
思わずプッと吹き出してしまう。
(今日は飯田君が付き合ってくれて、本当に良かった……)
結果的に多大な迷惑をかけてしまっているが、あのまま何もせずに帰宅していたら、今頃思考の無限ループにはまって抜け出せなかったはずだ。
考えても考えても、答えの出ない疑問ばかりが山積みになっている。
謎を解く鍵は、たった1人の人物が握っていた。
それが誰なのかは明確にわかりきっているのに、本人に聞けないこのジレンマ。
「はあ……」
大きくため息を吐き出していると、こちらに近づく足音が聞こえてきた。
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