その上司、俺様につき!
午前9時の社長室
4月末とはいえ、朝から初夏並みの日差しだった。
最悪の目覚めから約1時間、私は溶けそうになりながらもなんとか地下鉄に乗り、這々の体で会社までやってきていた。
歩くだけで頭がガンガンと痛む。
自覚できないのが却って恐ろしいけれど、おそらく体からはお酒の臭いがプンプンしていることだろう。
今朝は、会社に出勤することだけで頭がいっぱいだった。
けれど周囲への迷惑も考えて、いっそ休んでいた方が世の中のためだったのかもしれない。
そう思えるほど、今の私の有様ったらなかった。
ロッカールームの鏡に映る姿は、さながら落ち武者だ。
(眉毛すら書いてないんだもんね……)
体調、体臭ともにトラブルしかないこの状況、すべてがノーメイクを嘆く以前の問題だ。
それでも白々しい蛍光灯の下で見る自分のすっぴんは、容赦なく私の心臓をえぐってくる。
土色の顔、目元に散ったシミ、生気のない瞳、カサカサの唇……。
(犯罪級の素顔だわ……)
私は改めて、メイクの力を思い知った。
よろよろとロッカールームから退出し、老婆のような足つきでエレベーターに向かう。
(せめて今日が金曜日なら……!)
遅刻せずにたどり着いただけでも奇跡的なのに、これから夜遅くまで仕事をするなんて、正直考えられない。
私が本日の業務を無事につつがなく終える可能性と、実家の庭から突然油田が湧き出す割合と、果たしてどちらの方が高いだろうか。
いつもなら気にならないエレベーターの機械的な到着音も、今の私にとっては凶器に等しかった。
(あ、頭に……響く……)
応急処置としてこめかみを指で押すも、ズキズキとした痛みはそう治まりそうにない。
(本当にこんな状態で、まともに働けるんだろうか……)
午後休か早退を申請すべきかもしれない。
社会人として恥ずべき申請理由だが、背に腹はかえられなかった。
私はうつむいたままエレベーターの中に乗り込み、目指す階のボタンを押す。
同乗者には顔は見られないように軽く会釈だけをする。
そしてそのまま目立たないように隅の方でおとなしく立っていると、突然ご機嫌な声に名前を呼ばれた。
「おや、遠藤君じゃないか!」
(朝っぱらから、一体誰よ……?)
虚ろな眼差しで半ばキレながら見上げると、恰幅のいい上品なおじさま……もとい、社長の姿がそこにあった。
「しゃ、社長……お、おはようございます!」
自分の体調のことも忘れ、反射神経で勢いよく頭を下げる。
すると、間髪入れずに突き刺さるような疼痛が全身に襲い掛かってきた。
「い……ったぁ……」
「二日酔いかね! 結構、結構!」
呻き声を上げて悶絶していると、ついこの間、社長室で聞いたばかりのカラッとした声で、朗らかに笑い飛ばされた。
< 76 / 98 >

この作品をシェア

pagetop