一途な恋とバックハグ

すみれside


「こえーやっぱこえー嵯峨野課長」

「よく耐えたな、俺なら震え上がってる」

課長に呼び出されていた男性社員が自席に戻って隣の社員とこそこそ話してるのが聞こえる。
私はつんと唇を尖らせこっそり話題の彼を見た。

冷徹無慈悲と恐れられる嵯峨野課長32歳
ミスに厳くしめったに褒めないし一つも笑わない彼は無口で何考えてるかわからないとよく言われている。
新入社員の私は最初に先輩にあの人には近づかない方がいいと言われたほど。
でも私は逆にそう言われて課長の事が気になった。

ちょくちょく仕事の合間に課長を観察。
あの切れ長の目に睨まれると確かに怖そうだけど男らしく端正な顔立ちでカッコいいし背も高くがっしりした体格はとっても強そう。
そして、ミスをした社員には容赦ないけど理不尽な問い詰め方はしてないと気付いた。
今後ミスをしないためにはどうしたらいいか自分で考えさせその答えに納得したら解放してる。
最後まで気を抜かず指導してるから同じ過ちを繰り返す社員は少ない。
それに困ってる社員をいち早く呼び出しアドバイスもしていてちゃんと部下を見てるいい上司だと思う。
勿論課長自身も自分に厳しく仕事の出来る人だ。

ただちょっと…せっかく端正なお顔なのに無表情なのがいただけない。
ちょっとでも笑顔が出ればみんな怖がることも無く親しみを持ってもらえると思うのに。
それに社員との雑談も大事なコミュニケーションだと思うのだけど無駄口の嫌いな課長はなかなかみんなと打ち解けられないんじゃないかと思った。


そんな、新入社員のくせに偉そうなことを言う私は笹川すみれ23歳
入社して半年の私はまだ大した仕事は任せてもらってないので課長のお叱りを受けたことはない。
そして、課長を観察してる内に私は気付いてしまった。

出勤した時に必ず課長の姿を探して見つけると頬が緩みそうになること。
目が合いそうでなかなか合わない日はなんだか沈んで仕事が捗らないこと。
すれ違いざま挨拶を交わしただけで嬉しくなってしまうこと。
『叱られてみたい』なんて無謀なことを思ってしまうこと。

もうこれは、認めざるを得ない。
私、みんなが恐れる課長に恋をしてしまったみたいだ。

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