一途な恋とバックハグ
今年入社した新人、笹川すみれ。
彼女がたびたびこちらを見ていたのは入社して直ぐのころから気付いていた。
新人教育でまず初めに言われるのが「課長には近づくな」だ。
自分が冷徹無慈悲と揶揄されてるのは知っていた。
4年前異例の早さで課長になったため、上司として部下に舐められてはいけないと、自分にも他人にも厳しく当たっていた結果で、部下の緩んだ気を引き締めることが出来ればそれでいいと堅物な俺は思ってた。
だから彼女もいつ怒られるのかと戦々恐々としているのだろうと思っていた。
しかし、その視線がなんだか違う…と感じたのはいつの頃だったか。
その熱い視線に気付かないふりをして、目が合いそうになる度逸らしてしまう。
この俺が何を怖がっているのか…自分でもわからないのが目下の悩みだった。
そんな折、独り立ちした笹川の初めての資料に目を通し、眉間に皺が寄る。
「おい!笹川!」といつものように怒号を飛ばした。
恐怖に慄く笹川が自分のデスクの前に立つ。
彼女に気を揉んでる場合じゃないミスはちゃんとわからせないと。と、いつものようにねちねちと叱っていると彼女の目がキラキラと輝いて頬を高揚させてるのに気付いて思わず二度見してしまった。
俺は叱ってるはずなんだが…なんでそんな嬉しそうなんだ?
「…おい、聞いてるのか?」
「は、はい!聞いております」
「ならなぜそんな顔をしてる?」
「えっ?」
心底わからないと言う顔をして両頬を抑える彼女に目を奪われる。
か、かわ…っ!
はっ…だめだこれ以上は、と目を逸らし口早にミスをしないためにはどうしたらいいか質問をし資料を突き返した。
明らかにしゅんとした彼女に思わず「詰めが甘かったな。だが初めてにしては良く出来ている。ミスを直せば完璧だ」などとらしくないことを言ってしまって自分で驚いた。
その後会議を終え自席に戻り修正されてきた資料に目を通した。
既に退社した彼女の席を見て、やればできるじゃないかとつい口元が緩む。