浅葱色の約束。
「じゃあ、行ってきます」
ヒラヒラと手を振って、ドアを開けようとする私を止めたのは1つの腕。
私の腕を掴んでは離そうとしない土方さん。
これじゃあお使い行けないのに…。
「…土方さん?」
顔を伏せて黙っているだけだ。
心配してくれてるのかな…。
でも私もう18だし、京から江戸まで行ったくらいなんだよ。
脚力には自信があるのに。
「土方さんって意外と心配性だよね」
あまり遅くなるな、とか。
暗くなる前には帰ってこい、とか。
屯所を出る度に毎回言われてたっけ。
「…てめえは昔っから泥だらけで怪我して帰って来やがるから癖がついちまったんだ」
「ふふっ、もうそんな子供じゃないってば。暗くなる前には戻って来るね」
でも今日はどうしてかそんな言葉は言われない。
だから初めて自分から言った。
すると名残惜しそうに腕は離れる。
「…梓、」
とても優しい顔をして彼は私を見つめた。
土方さんのそうやって困ったように笑う顔ね、私すごく好きなんだよ。
「向こうはここよりあったけえから、すぐ慣れる」
私はそんな言葉を彼にもっと伝えるべきだった。
後悔したって、もう遅い。
このときの彼が何を考えていたかなんて、よく見れば分かったはずなのに。
「それにいい人達ばかりだ。困ったことがあったら、その呉服屋の主人にでもすぐ言えよ」
「う、うん」
「…てめえなら、…もう大丈夫だ」
それでもこのときの私は彼の優しい顔を前にして、どこか浮かれていて。
なにひとつ疑ってなんかいなくて。
帰ってくれば「おかえり」って言ってくれると、当たり前のように思って。
───…当たり前なんか、ないのに。