〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅
「12月のある日、彼女は暴漢に襲われた。彼は彼女を庇い、刺され、命を落とした。彼女も大怪我を負い、病院で目を覚まし彼の死を知らされた。彼女は叫び、気を失った。それが彼女の最後の声だった。傷は治り、世間は事件を忘れていった。しかし、彼女の声は戻らなかった。自傷行為を繰り返し、精神病院に隔離されていると私が知ったのは、事件から1年たってからの事だ」
ゼノが聞く「その彼女って……」
「そう、トラブルだよ。君達の会社の医務室に看護師のイ・ヘギョンさんっているだろう?ヘギョンさんは、トラブルの看護大学時代の先生だったんだ。事件後、入院中のトラブルを看護したのも彼女で、身元引受人になっていた。ヘギョンさんは、隔離されたトラブルを救いだそうと、いろいろと奔走したが難しく、私に連絡して来たんだ」
「トラブルの両親は?」
「彼女は捨て子だ。9才まで日本の養護施設で育ち、韓国に貰われて来たそうだ。彼の親は、彼女のせいで息子が死んだと彼女を責めた。韓国に来なければ息子が死ぬ事もなかったとね。イ・ヘギョンさんから連絡をもらい、トラブルに会いに行った。彼女は白い部屋の中で、拘束服を着せられ、ベッドの上で天井を見ていた。長かった髪は刈り上げられ、見るも無残な姿だったよ……。私は『ここから出たいかね?』と声を掛けた。彼女は扉に体当たりして来て、小さな窓越しに私と向き合った」
昼食会場は、しんと静まり返ってパク・ユンホの言葉を待つ。
「その目の力強いこと!1年隔離されていても、まだ間に合うと確信した。『私の言う事を聞かないと、ここに戻すぞ』私は彼女を脅した。私を観察していたトラブルは、少し考え、小さく頷いた」
パク・ユンホはパンっと手を叩き、明るい口調に変えて語り続ける。
「イ・ヘギョンさんと彼女に必要な援助体制を整え、退院の手続きを行うと、精神科の医師や看護師は口々にやめた方がいいと言うんだ。『着替えの為に少し拘束服を緩めると隙を見て、指を折られた』『安定剤を注射したらケイレンを起こし、ドアを開けて医師を呼ぼうとしたら蹴飛ばされ、脱走して、結局安定剤が効いてきて取り押さえる事が出来た』などなど……彼女の分厚いトラブルリストを見せてくれたよ!」
パク・ユンホは思い出した様に「ハハハー!」と大笑いする。
メインアシスタントのキム・ミンジュが口を挟んだ。
「退院して来てからのトラブルのトラブルリストは、月に届きますよ」
さらに、大声で笑うパク・ユンホ。
キムとアシスタント達は(やれやれ……)と首を竦める。
メンバー達は、まったく笑えない。
特に真剣に聞いていたセスが「だったら、尚更のこと大道具スタッフと一緒は、まずいんじゃ……」と言い出した。
セスは、あのリゾートホテルでの一件をメンバー達に説明した。
「だから、あの後のセスの様子がおかしかったのですね?」
ゼノは納得したと頷く。
パク・ユンホは、唐突にセスに聞いた。
「君が隔離病棟にいた期間はどれくらいかね?」
セスは体を硬くする。そして小さな声で答えた。
「2週間です……」
その言葉に驚き、顔を見合わせるメンバー達。
パク・ユンホはセスだけを真っ直ぐに見て聞いた。
「1年いたら、どうなっていたと思う?」
「……気が狂ってた」
パク・ユンホは「その通り!」と手を叩く。