〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅

 溶剤を使って下地が柔らかくなるのを待つ間や、柔らかくなった下地を剥がし、溶剤が乾くのを待つ間など、少しでも作業の待機時間が生まれると、トラブルは部屋を出て行く。

 新人といるのは、作業で手を動かしている時のみで「よし、少し休憩しよう」などと、新人が言った瞬間、(のぞ)いているメンバーの横をすり抜けて出て行った。

 まるで、2人で居たくないようだ。

「嫌われちゃったの?」
 テオが新人に聞くと「まさか、そんな!」と、まるで気が付いていない。



 ソン・シムはトラブルが頻繁に倉庫に戻って来ている事に気が付いていた。

 声を掛けると、ズボンの後ろポケットから手帳と小さい鉛筆を取り出して、今、(のり)の乾燥中。今、道具を取りに来ただけ。などと理由をつけた。

 大丈夫か?と聞くと、大丈夫と(うな)ずく。
 問題あるか?と聞くと、ないと首を振る。

 ソンは、早めに切り上げさせた方が良いと判断した。
 新人に作業の進行状況を確認する。

「あとは、壁紙を貼れば、業者に鏡を固定して(もら)って終了です」

「では、今日中に終わらせろ」

 新人はトラブルに伝え、パク・ユンホが帰った後も、残業する事になった。



 実は、トラブルは困っていた。

 新人が何かにつけ、誘ってくる。
 始めは「好きな食べ物は?おいしい店があるんだけど」から始まり「いつもバイクだよね?俺も免許取ろうかなー。そしたら、ツーリング行かない?海を見に行こうよ」と誘う。

 トラブルが無視を決め込んでいると「彼氏いないの? 髪のばした方が可愛いと思うなー」と髪を触り「綺麗な手だね」と、手を握ろうとする。

 もちろん、髪も手もそれ以上は触らせないが「コイツもか」と不愉快極まりない。

 出来る限り、距離を置いて接してきたが、新人の視線を感じると、鳥肌が立ち吐き気がして逃げ出していた。

 だから、作業が進まない事は充分承知しているが、半分は新人の手際の悪さが原因だ。

 ソンの早く終わらせろ命令は、ありがたかった。

 今日1日の我慢だ。
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