〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅
「ねぇ、何か聞こえなかった?」
末っ子のジョンが振り向いた。
暗い廊下の先のエレベーターに乗り込もうとしていたメンバー達は顔を見合わせる。
「メイク室の電気が点いてるね」
「まだ、作業してるんだ」
メンバー達とマネージャーは誰ともなく、メイク室へ向かう。
突然、メイク室から新人が飛び出して来た。
「やめろ!俺が悪かったから!」
新人は、メイク室の明かりに向かって叫び、走り去って行った。
「?」
メンバー達がメイク室を覗くと、トラブルと目が合った。
いや、トラブルはどこも見てはいなかった。
視線は宙で止まり、目は大きく見開いている。
肩で息をしながら、右手でカッターナイフを持ち、左手で胸元を押さえていた。
いつもの黒いTシャツが破れている。
誰がどう見ても、何があったのか一目瞭然だった。
その状況を更に特異なものとしているのは、カッターナイフがトラブルの、自分の首に向いていることだ。
3センチほどのキズから赤い線が流れている。
「トラブル……」
セスの声でトラブルは我に返る。カッターナイフを投げ捨て、リュックをつかみ、胸元を押さえたまま走り出て行った。
「ま、待てっ!」
セスが後を追って行く。
ゼノが「警察に……」と言うと、皆が一斉に喋り出した。
「襲われたってこと⁈」
「刺されたの? 」
「いや、自分でカッターを持ってた」
「やめろって叫んでた」
「死のうとしたってこと?」
「俺が悪かったって?」
「どういうこと?」
マネージャーが「代表に連絡します」と電話を掛ける。しばらくして、今、見た出来事を話し出した。
……まだ、メイク室の前です。
……はい、未遂だと思います。
……はい、メンバー達も見ました。
……全員ここにいます。
セスが息を切らして戻って来た。
「見失った。バイクがないから帰ったのかも」
それを聞いたマネージャーは、もう社内にはいないと思われると報告した。
「はい……はい………わかりました」
マネージャーは電話を切る。
「代表がパク先生に連絡をするそうです。宿舎に帰りますよ」
マネージャーがメイク室の明かりをパチンと消した。