〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅
第11話 パクの思い

 血の付いたカッターナイフを見せられ、昨夜の出来事がリアルに(よみがえ)る。

 代表はわざと優しく、ゆっくりと話し出した。

「パク先生いわく、トラブルは傷を治している最中だそうだ。動物が舐めて治そうとする様に、心の傷も体の傷も触らないと治らない。治したいから、洗ったり薬を塗ったりするが、触ると痛い。痛いと傷付いた時を思い出し辛くなる。でも、治すためには触るしかない」

 代表はひと息()いた。

「その繰り返しで傷は癒えてくる。心の傷は誰とも比べようがないから、本人すら正確な事は分からないだろうが、トラブルは、もう、何年もそうやって治そうと闘っている。昨夜の事だけでなく、過去の傷とも……」

「傷を治す為に傷付く必要がある……」

「セス、そうだ。パク先生は、そんなトラブルを生涯支えて行くつもりだと、おっしゃっていた。だから、トラブルが『大丈夫』と返事をしたら、その中にSOSが含まれていないか見守っていて欲しいと頼まれたよ」

 メンバー達は固唾を飲んで耳をすます。

「トラブルは、今日、出勤している。それが、トラブルの、トラブルにしか出来ない傷との闘い方なんだと思う。布団の中でずっと泣いている女じゃないって事だ。お前達にも協力して欲しい。法律や正義ではトラブルの傷は癒せないと理解して欲しい」

 じっと話しを聞いていたテオが考えながら言った。

「あの、あの男はどうなるんですか?」
「理由をつけて辞めて(もら)う。ゴネたらクビにするまでだ」
「マスコミに話すかも……」

 代表は鼻でフンッと笑い、「そのくらい、どうとでもなる」と悪い顔をした。

 セスが遠慮がちに言った。

「あー……それもトラブルが決めてはダメか?」
「なんで⁈ セス、クビに決まっているでしょー」

 ノエルは驚いてセスを見た。

「もし、自分だったら……もし、トラブルが少しでも自分にも悪い所があったと感じていたら……いや、悪くはないが、でも、ほんの少しでも、そう思っていたら……相手だけがクビになるのは見たくない、かと……」

 代表は、じっとセスの顔を見た。そして、フッと笑う。

「分かった、そうしよう。セスが1番トラブルを理解している様だな」

 代表はマネージャーに電話して、話は終わったと伝える。帰り際「ゴンドラ、乗ってみろ。面白いぞ」と言い残し、会社に戻って行った。


 マネージャーがアイスとお菓子を買って帰って来た。
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