〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅

「寝ている間に拘束服を着せられたよ。『生命(いのち)を守る為よ』ってな。子供の俺は泣いて謝ったよ。『もう、死のうとしませんー』大声で叫んでも無駄だった。両親の同意は得ていると言うんだ」

 セスは遠くを見て笑った。

「俺から楽曲を盗んだヤツら、こんな事をする医者達、これを許可した両親を『殺してやるー!』と一晩中叫んださ」

 視線をゼノに戻す。

「翌日から、年配の女医が来るようになって……その医者は、俺を椅子に座らせると拘束服を緩めて手を自由にしてくれた。話を聞いてくれて、俺の気持ちの変化を指摘して気付かせてくれたんだ。例えば、死のうとしていたのが、一晩で『殺してやる』に変わったとかな」

 セスは自分の手を見た。そして、ひと息で話す。

「『4曲も作ったの、すごい』と褒めてくれた。『そうだよ、僕すごいでしょ』と答えたよ。その医者と話しながら、少しづつ、音楽が戻って来るのを感じた。どうせ、いつかは死ぬのだから、今じゃなくてもイイと思わせてくれた。退院した時、俺は14歳になっていた」

 フーッと息を()く。

「でも、今も、いつ死んでもイイと感じているんだ。死にたいとは思わない。しかし、嬉しい時や楽しくて幸せで、これが永遠に続けばイイと感じているのに、頭の片隅で死を恐れていない自分がいるんだ。生きていて良かったと思っているのにな。たぶん、トラブルも、そうだ。声が戻らないのは、まだ、心が闇に(とら)われているからだと思う。俺の手を自由にしてくれた医者みたいに、彼女を自由にさせて、彼女に合わせるんだ。()れ物に触る様ではなく、自然体で接するのがイイ。トラブルの事を信じて、何があっても面白がってやれば、笑顔が戻るかもしれない」

 ゼノは(うなず)いて、考えながらセスの部屋を出て行った。

 テオとノエルとジョンの3人は、誰ともなく、リビングに集まっていた。

 「ゴンドラに乗りに行きたい」

 唐突にテオが言った。
 ノエルは驚いてテオを見る。

「今、この状況で⁈ どんな顔をして会えばイイのさ」

 ゼノは「それ、良いアイデアです」と乗り気になり、理由を説明する。

「どうせ、明日は会わないといけませんよね? ゴンドラを口実に、自分達はトラブルに合わせるつもりだと態度で伝えましょう」
「どうせ、ヒマだしねー」

 ジョンの笑顔の一言で、ゴンドラに乗りに行くと決まった。

「ヤッター!」

 テオは喜んで立ち上がる。

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