〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅
第16話 イ・ヘギョン
翌日から、また殺人的スケジュールが始まる。
昼、トラブルがやって来て皆の顔を見回した。
いつもの診察だが、いつもと違うのはジョンを椅子に座らせ、目の下瞼を親指で下げる。両手で耳下腺を触る。口を開けてさせ喉を診る。そして、昨日の脇腹のミミズ腫れも診た。
トラブルは無表情のまま、誰かにメールする。
一同が静まりかえっていると、トラブルがスマホをジョンに見せた。
えっ! と、ジョンは読んだあと、トラブルに言う。
「いえ、大丈夫です。僕が乗りたいって言ったから。こちらこそ、すみませんでした」
トラブルは新たに文章を打ち、今度はゼノに見せながら声に出してと、ジェスチャーで伝える。
ゼノは読み上げた。
「『昨日は怖い思いをさせて申し訳ありません。ジョンの傷は責任を持って治療させていただきます。代表がどの様な考えか分かりませんが私に関わらないで下さい。一昨日、昨日の事は、私には日常で対処出来ているので問題ありません』」
ゼノは一気に読み終えると、信じられないと、トラブルの顔を見る。
セスが叫ぶ様に言う。
「男に襲われて首にナイフを刺すのが日常だって⁉︎」
トラブルは無表情のまま下を向いている。
「フラッシュバックが起きたら1人では、どうしようもないだろ!」
トラブルはスマホをセスに見せる。
セスは声に出して読む。
「2、3日閉じこもっていれば大丈夫⁈」
セスは立ち上がり「バカか!大丈夫じゃない!」と、トラブルに向かって行く。
思わずゼノがセスを押さえる。
「周りにもっと助けを求めろよ! バカ!」
トラブルが何か言いかけた時、ドアが開いた。
医務室のイ・ヘギョンが笑顔で入って来た。
「お待たせ〜。ジウ、久しぶり〜。何で2人とも来なかったの?待ってたのに〜。メールしたのよ〜、相変わらず読まないのね〜」
トラブルが手話で何か言う。
「あら、ごめん、トラブルだったわね〜。で?患者さんはどこ〜?」
この、50歳台であろう女性は会社創設初期のからのスタッフだ。
代表と昔からの知り合いだと聞いている。
まさか、トラブルの看護学校時代の先生だったとは驚きだが、小さくて丸くて優しいお母さんという感じで皆に好かれていた。
トラブルはジョンを指し、手話でなにか伝える。
うん、うんと、聞くイ・ヘギョン。
トラブルの流れる様な手話を、完全に理解しているようだった。
「見せてね〜」
ジョンのシャツをまくり上げる。
「ズボンのボタンはずしてくれる?」と、ミミズ腫れを完全に露出させる。
左右を見比べると左の方が赤みが強い。
「ちゃんと冷やしてたのね〜、いい子ね〜」
また、いい子と言われてると、ノエルは笑う。
「右は痛くないでしょ? 左は服にこすられてヒリヒリするわよね〜」
イ・ヘギョンは救急箱から軟膏と中央にガーゼのついた透明なテープを取り出す。
トラブルがその手を止め、手話で何か言う。
「あら、そうなの〜、テープかぶれしちゃうのね〜」
確かにジョンは乾燥肌で、かぶれやすい。
何で知ってるんだろう?と、ジョンはトラブルを見上げる。
イ・ヘギョンはガーゼに軟膏を塗り、ジョンの傷にあてて細いテープで留めた。
「今日1日は貼っておいてね〜。どうしても、取れちゃうようなら、ジ・・・じゃなくて、トラブルに包帯に変えてもらってね〜、明日にはヒリヒリしなくなると思うわ〜」
イ・ヘギョンは、よしと、立ち上がり「で、あなたの方はどうなの〜?」と、トラブルに聞く。
トラブルは救急箱を持ち、イ・ヘギョンの背中を押して部屋から出ようとする。
イ・ヘギョンは背中を押されながらも話をやめない。
「ちゃんと受診してるの? トラブルって名前やめた方が……」
イ・ヘギョンの背中を押しながらバタンとドアを閉めて、2人は出て行った。