〜トラブル〜 黒のムグンファ・声を取り戻す旅
第26話 台湾コンサート3日目 二次会
それは約1ヶ月前……
トラブルがメイク室を訪れた。
メモで、自分にテオのメイクをしてほしいと言う。打ち上げで披露するからと。
唐突な要求にユミちゃんが対応した。
トラブルの存在は知っているが話した事もない。
「はぁ?何言ってんの? ムリムリ。私達とっても忙しいのよ」
手で追い払う。
トラブルは持ってきたヘアバンドを額にし、前髪を上げて見せた。
ユミちゃんはまじまじとその顔を見る。
(綺麗だし、似てるけど…… )
「んー、やっぱりムリ!」
すると、トラブルはスマホでメンバー達の曲をかけ、踊り出した。
「もー、そのカッコいい事! イケる! って思っちゃったのよねー!」
ユミちゃんはウットリと思い出す。
「やるわね。分かった。でも、1人でやるの?」
大道具スタッフも、メンバーのメイクをしてほしいと、トラブルは頼む。
「5人分かー、キツイなー…… あれ?トラブルはジョン役だったよね? あと、1人どうするの? トラブルがテオをやるとして、ジョン役ってハードル高いわよー」
もう、頼んでありますと、メモを見せる。
「んー、そのジョン役見てから決めていい?」
わかりました。
「でね、3日後の夜に倉庫に呼び出されたの。 何か怖くて、皆んなで行ったのよ」
暗い倉庫に入るメイクスタッフ達。
「トラブル? どこなの?」
パッとライトが付き、男が浮かび上がる。音楽が鳴り始め踊り出した。
「え、ジョン?」
ジョンではなかった。しかし、体型が似ている。
(顎のラインも似ているわ。ダンスは要練習ね)
1フレーズだけで終わり、明かりがすべて点灯される。
暗闇の片隅からトラブルと大道具達が出てきた。
「悪くないだろ?」
リーダー格のスタッフがドヤ顔を見せる。
「そうね、悪くない。でも、ヘアメイクだけじゃダメ。照明の色で肌色は変わるの。私達はいつも照明さんと打ち合わせをしているのよ」
他のメイクスタッフが言う。
「衣装も、ぽくしたいですよねー」
「楽曲は決まっているの? 」
「完璧主義のユミちゃんが出てきましたね」
メイクスタッフ達は熱を帯びて来た。
「それから、毎日どこまで仕上がったかってチェックしてくるんだぜ」
いつの間にか大道具スタッフが話しに入っていた。
「ユミちゃんチェックが入るからって、トラブルが厳しいのなんのって。録画してチェックして、タイミングが遅い。角度が合っていない。ぶつかっても止めない。前の人に後ろが合わせる。自分の振り付けだけをやればいいんじゃない、誰がどこで何をしているかアンテナを張れ。って、そりゃあ地獄の特訓でしたよ」
ゼノが苦笑いをしてスタッフに言う。
「それは、私達が毎日振り付けの先生に言われている事と同じですよ」
「2曲目は、なぜジョンが跳ばなかったの?」
ノエルは配送屋のカン・ジフンに聞く。
カン・ジフンは頭をかいた。
「恥ずかしながら…… 練習しても跳べなかったんです。1回も」
「で、隣のノエル役が跳ぼうとなったのですがタイミングが合うのが、10回に1回位で。トラブルが何度も見せてくれるのですがダメで。ついにトラブルが跳べよって、キレてしまって」
「あの位置からタイミングを合わせるのに、相当苦労していましたよ」
「普通ムリだよ。今、頭の中で考えても…… どうやったら僕の位置から跳べるんだろ?」
テオは首を傾げる。
大道具スタッフは続ける。
「トラブルも、半拍で移動と踏み切りは無理だ。1つ前の振り付けを、半拍早く切り上げ、移動し、次の半拍で踏み切れば跳べるけど、着地後、戻れない…… とすごく悩んでましたよ」
「戻れてたよねー?」と、ノエルが髪をかき上げる。
「どう解決したんだ?」と、それまで黙って聞いていたセスが尋ねた。
「お、お疲れ様、よかったよー」と、話の途中でも周りから声を掛けられては、ビールを注がれる大道具達とメンバー。
そのビールを飲み干し、身振り手振りで説明をした。
「1歩で戻るから、自分が着地した瞬間、全体的に1歩左に移動、次の動きで、1歩右に戻れって」
「は?」と、メンバー達は同じ顔をする。
ノエルだけは合点がいったと手を叩いた。
「そうか!トラブルが立ち位置に戻れないなら、立ち位置をトラブルに近付ければいいのか!」
「ノエル、どういう意味?」
「俺達も全く理解出来なくて、左足で着地して、右足が着いたら、左足で右後ろに飛ぶから、そこにスペースを作っておいてほしいって。図に書いて説明してくれて、サッカーの監督みたいだったよな」
「トラブルがボールで、こう来るから、こう動け。みたいな」
「そんな事、可能?」と、テオはノエルを見る。
メンバー達は、お酒を片手に踊ってみるが上手くいかない。
未成年のジョンはジュースだが、上手く踊れない。
え?え?と、繰り返す。
「そんな動き、してたっけ?」と、テオ。
「全く、分かりません」と、ゼノが肩をすくめる。
「だからー、1人だから違和感があるんだよ。全体でやれば、動いているのが分からないんだよー」
理解したのはノエルだけのようだった。
「お前ら、飲みながら踊ってると酔うぞー」
そう言う代表もかなり、ご機嫌だ。
「誰が歌えよー、上手けりゃデビューさせてやるぞー」
スタッフに向かい無茶振りを始める。
「テオの双子説ってのはどうだ? 女でしたーとか、な? 話題になるぞー」
隣で、看護師のイ・ヘギョンが笑っている。
「笑えないって。代表めちゃくちゃ酔ってるね」と、テオが口角を下げる。
「代表ってさ、酔ってもスケベじじぃにならないから、いいよね」
ユミちゃんの言葉にメイク女子達が強く頷いた。
「そうなの?」と、ノエルは意外そうに眉を上げた。
「いるじゃん、普段偉そうにしていて女の子のいる店に行くと最悪なヤツ」
「いるいる〜」と、女子達。
「あ、確かに、スケベにはなっていませんでした」と、ゼノが思い出して言った。
「なんで、知ってんのー?」
「ノエル、知りませんでしたか? 代表とレコード会社のお偉いさんと、クラブに飲みに行った事があるのですよ」
「ク↑ラブ? ク↓ラブ?」
「ク↑ラブ」と、店の名前を言う。
「高級そうだな」と、セスが皮肉を込めて言う。
「好きで行ったんじゃないですよ。これも仕事だと代表が言うから、ついて行きましたが、帰りには、やっぱりこれは仕事じゃないなと。クソじじぃと悪態をついていました」
ユミちゃんは腕を組む。
「そういう場所も嫌いなのね」
「奥さん一筋って感じ」
「その点、トラブルは安心よねー」
「絶対、浮気しなさそう」
「一生、大事にしてくれそうじゃない?」
「そうそう、さりげなく優しいのよねー」
「力もあるの」
「影がある感じも、ステキ」
「お姫様抱っこされた〜い」
「キャー」
女子トークが始まった。
「足が長いの!あのレザーパンツ、裾がくしゃっとなるのを想定してたんだけど、ストレートになっちゃったのー」と、ユミちゃんは赤くなった頬に手をあてる。
「2曲目を考えて、白いシャツを着てもらおうとしたら、黒以外は着ないって言いはるから、慌てて黒のボタンダウンのシャツを買いに行って。そしたら、ありがとうカッコ良くしてくれてって、わたしの手の平に指で、こうやって書くのー」
「キャー! いいなあ」
「髪切ったねって、気がついてくれたの」
「私なんか、リップの色変えたねって言われたもんねー」
女子達は張り合い出した。
「…… それって、事実を述べただけで褒めてはいないよね?」と、ジョンはゼノを見る。
「こういう時は大人しく聞いておきましょう」と、ジョンに大人の対応を教える。
男子達のマッコリは飲み干され、ウイスキーは濃くなっていく。