Sweet Continue





思考がそれていた私の両隣に谷口さんと堺さんが立ち、覗き込んだ。



「秋川さんて、7階に入っているイベント会社の方ですよね?」

「一度ゆっくりお話をしたかったんです!」

「そ、そうですか…」

「覚えてませんか?いつだったか、エレベーターで居合わせた時。俺のスーツが雨で濡れていた時にハンカチを貸して頂いたんです、俺。」



谷口さんが、「あの時はありがとうございました」と爽やかに白い歯を見せて笑う。



「とても寒い日で、ずーっと外回りしてたんですよね。あの日。やー!あのハンカチでどんだけ癒やされたか!」

「だよな。俺もたまたま横に居たんですけど…一緒に癒やされましたよ。」



境さんも静かに微笑んだ。



確かに…あの日は急に雨が降ってきて、とても寒い日で。

濡れても尚、『やー濡れた!』と笑っている谷口さんに、『仕事を頑張っている方なんだな』と思わず ハンカチを差し出した…んだけど。
そんな事、覚えているなんて…律儀な人達だな…。

きっと、良い人なんだろうな、お二人とも。



「…外回りの日に雨が降っていると大変ですね。寒いときは特に。」

「そうなんですよ~。特にこの時期は冷えますからね…。」

「でも、ビルに戻ってきて本木さんを見かけると、すげー嬉しくなっちゃって。」

「なかなか話しかける機会がありませんでしたけど、今日、こうしてお話出来て本当に嬉しいです。」



「とりあえず、カンパイしましょう」と私をテーブルまで促すと、ワイングラスを堺さんが差し出した。




受け取ったグラスの中でロゼの桜色が光りを浴びて少し光る。

それが綺麗に思えて、少しだけかざすように上げた先。



あ……



宮本さんがこっちに目を向けているのに気が付いた。

けれど、それも束の間。


あいなさんに何か話しかけられて、また目線はそっちへと戻る。


…笑ってる。


こう言う和やかな場なのだから、それは当たり前なのに気持ちがズキンとまた痛みを覚えた。



「秋川さん?どうかしましたか?」

「い、いえ。ロゼの色が桜みたいで綺麗だなって思いまして。」



慌てて誤魔化す様に笑うと、嬉しそうにはにかむ、谷口さんと堺さん。



「…とりあえず、カンパイしましょうか。」



グラスを三人で合わせたら、カチリ綺麗な音を立てたグラスはまた、照明によって輝きを放った。




「秋川さんは、お休みは不定期ですか?休日は何を…」



当たり無い会話から始まって、お仕事の事、趣味のこと、話はそれなりに弾む。



けれど…申し訳ない程、そこに集中出来ない。




……宮本さん、何を話しているんだろう。

もしかして、もう告白されてしまった?




そんなことばかり考えていたから、返事もおざなりになっていたのかもしれない。



「じゃあ…抜け出しちゃおっか!」

「だね!今なら、平気そうだし。」

「はい…え?」



飲んでいたはずのワインも、いつの間にか、モスコミュールに変わっていて、さっきよりもお二人の距離感がだいぶ近い。


し、しまった…どう話が進んでいたのか全くわからない。



「あ、あの…」

「麻衣ちゃん、普段バーとか行く?」

「い、いえ…」

「おっ!やっぱりね~。
じゃあ、今日俺らが連れてってあげるよ。」



な、名前で呼ばれている…

そっか、さっき「いい?」と言われて、心ここにあらずで「はい」って答えたかも。



「あの…でも…」

「ほら、谷口~。お前グイグイ行き過ぎなんだよ。麻衣ちゃん、ひいちゃってんじゃん。ねえ?」



ポンッと境さんの大きな骨張った掌が私の頭に乗った。



「あっ!境!お前、どさくさに紛れて何触ってんだよ。麻衣ちゃん、気を付けて?こいつすぐ手、出すからさ…」

「それはお前だろうが。いや、でもマジな話、麻衣ちゃん、本当に可愛いからさ…。」

「あーだよね。手、出したくなる。ほっぺたとか。すっげーツルツルそう!」



今度は谷口さんの指が頬を掠めた。

思わず、ビクリと身体を強ばらせると、今度は境さんが谷口さんの事を少し押す。


「…お前、セクハラだぞ、それ。」

「ごめん、麻衣ちゃん、つい!」

「い、いえ…すみません、驚いちゃって。」


何とか笑顔でそう返すと、二人はまた嬉しそうに笑う。


「じゃあ、まあ…とりあえず行こっか。」


谷口さんが、私の手首を掴んだ。


ど、どうしよう……


ここで、強く拒否をしたら、この和やかな雰囲気を壊してしまうし。
かといって、一緒にここを抜けてバーに行くのは……


だ、誰か…助けて…


こわばり、目を伏せた瞬間、背後に人の気配がした。



「…すみません。その子返して貰えますか?俺のなんで。」



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