Sweet Continue
.


宮本…さん…。



少し低めの声。
けれど、その表情はいたって穏やかでいつも通り。

言葉の内容に、なのか、それとも突然の登場に、なのか…動きの止まった谷口さんと堺さんを尻目に、近づいて来ると、谷口さんの手をそっと私の手首から外す。

そして今度は自分が私の手を取り、少し引っ張ると自分の背中に隠した。



「6階の丸戸商事の方ですよね。俺は7階のイベント会社『Focus』の者です。」


よろしくどうぞ、とにこやかに名刺を差し出した。


それにハッとした谷口さんと堺さんが動き出す。



「あ、ああ…すみません。丸戸の谷口です…」

「よろしくお願いします。境です。」



慌てて名刺を取り出し、宮本さんに差し出した。


「うちの秋川と歓談していただいて、ありがとうございます。」

「い、いえ…」


余裕な笑顔で穏やかに話す宮本さんに対して、二人は酔いが覚めたのか、少し恐縮している。


「折角ですが、そろそろ、秋川は帰らなければならないので…」

「あ、ああ…そうなんですね。」

「秋川さん、ありがとう。楽しかったです。また…」

「は、はい…こちらこそ…お話してくれてありがとうございました。」


宮本さんの後ろから、身体を出してご挨拶をしたらまた、背中に隠された。


「…”また”お話されるのは良いと思うんですけどね?同じビル内に入っている会社の社員として交流があるのは良い事なので。
でも」


横から垣間見たその表情。

綺麗な唇は、キュッとその端が上がり、穏やかさを醸し出しているけれど、それとは対照的に、目が好戦的な色合いを纏っている。


「…この人を口説くっつーなら、覚悟して貰わないと。俺は絶対手放す気、ないんで。」


周囲の入り交じる声やBGMにかき消され、恐らく私達にしか聞こえない。

その位の声量。


けれど、それは、二人の動きを止めるには充分で。

目を見開き再びフリーズした谷口さんと境さんに、宮本さんは、ニコリと笑い、「では」と軽く会釈する。


「行くよ。」と再び私の手を握ると、二人と一緒になってフリーズしている私を引っ張って会場を後にした。







エントランスから外へと出ると、ひゅうっとビル風が吹き抜けた。

それに煽られたワンピースの裾を抑えながら、宮本さんに引っ張られるまま足早に歩を進める。



「あ、あの…宮本さん…。」

「………。」



話しかけても返事をしないその背中に、不機嫌を悟って、私も口をつぐんだ。


駅へと向かう道すがらは、人がまばらで、早歩きの邪魔にはならない。

あっという間に駅に着いた。



改札の前で、宮本さんは、フウと溜息をつき、私に漸く向き直る。


それから、繋いでいない方の指先で、私の頬を微かに触れ…そのまま、いつもと違って、ギュウッと強く摘ままれる。


「っ!いはい!(痛い!)」

「なーにが『ありがとうございました』だよ。バカなの?」



キュッと目を瞑ったら、「ザマミロ」と今度は、その親指がつねった場所をスリスリと撫でた。



「だ、だって。あれは…最後のご挨拶的な…」

「いいんだよ、そんなご挨拶なんてさ…ってああ、あの二人ともっと話したかった?俺、邪魔しちゃった?」

「ち、違います!」


ムッと口を尖らせたら、負けじと宮本さんも目を細め、口を尖らせて不服顔。



……可愛い。


こんな時だけど、思う。
女性より可愛いって、どうなんですか、宮本さん。



「大体さ…麻衣のよそ行きはリクルートスーツにローファーじゃなかったわけ?」

「あ、あんな華やかな場所にそんな格好で行ったら、逆に地味すぎて浮くから…」

「うっさい、大福。」



今度は両頬をつまみ出す、その丸っこい指先。
その優しい感触だけで、そこが熱を持ち、気持ちが掴まれる。



……全然違う。
谷口さんに触られた時と感情が。

嬉しくて、嬉しくて仕方ない。


チラッと、『宮本さんに見せたくてお洒落したのに』って不服を抱いたのですら…どうでも良くなる。


気持ちが高ぶって、少し目頭も熱くなる。
そのまま宮本さんを見た私に、宮本さんは眉を下げた。


「…とにかく、帰るよ。」


頬が解放されて、今度は再び掌が掴まれる。
そのまま、少し乱暴に宮本さんのコートのポケットへと突っ込まれた。





そこから、特に何かを話す事も無く、電車にのり、引っ張られる様に歩いてついた宮本さんのマンション。


「お、お邪魔します…」


遠慮がちに部屋に入り、コートを脱いだ途端、フワリと背中かから包まれた。
ふうと息を吐く音が頬を掠める。


「……風呂、入る。」

「は、はい………っ!」


突然、首筋にその柔らかな薄めの唇が触れ、左手がさわさわと動き出す。
布に沿って身体を撫でていたその指先が、ワンピースの裾をたくし上げ、太ももに触れた。


「み、宮本さん…」


前に退けた身体は、右腕で引き寄せられて、逃げられない。
首筋からうなじ、背中…耳裏と這う唇の感触と、太ももを内側へと撫でられる感触に、思わず身体が強ばった。



「…随分、触り甲斐のある格好だね。」


クスリと耳元で囁かれ、羞恥心が込み上げる。


「…脱がせて貰いたかった?あの二人に。」

「っ?!そんなわけないじゃないですか!」

「そ?」


くるりと向きを変えられて、腰から抱き寄せ直されて、首筋に再び柔らかな唇が触れる。


「じゃあ…誰に脱がされたい?」


「言えよ」と耳元で囁く掠れ声に、どうしようもなく気持ちがキュウッと込み上げて、クッと身体が熱を持ち強ばった。


そんな私の反応を楽しむかの様に、薄めの唇が、首から鎖骨へと移動する。

首元のファスナーを宮本さんの指が摘まみ、下げた。


ワンピースが緩み、露わになった胸元。
そこにまた、その唇が触れる。

退けた腰を更に捉えられて、そのままソファへと組み敷かれた。
前髪の隙間から見える、妖艶な笑み。


「…どうするんだよ、これ。風呂後になったじゃん。」


ネクタイをほどくその仕草に、鼓動が大きく跳ねた。


「麻衣のせいだからね?」


三日月を綺麗に描いたその唇は、そう言い残して、私の口を塞ぐ。


そこから先は、もう。
宮本さんの全てに翻弄されて、満たされて…


「麻衣…」


呼ばれる度に、意識が飛びそうになる。



ああ…私。
本当に宮本さんが好き。


身体の全てでそれを実感させられて果てた。





.
< 4 / 8 >

この作品をシェア

pagetop