【完結】私に甘い眼鏡くん
惑わされ
心を落ち着けて、紙の上に墨を染み込ませた筆を下ろす。
外からは音楽の授業の人たちのギターの音。喧騒から一人取り残されたような感覚を覚えながら、私は臨書をする。
週に二時間、芸術の授業がある。
書道、音楽、美術の中から選択で、私は書道を選んだ。
なっちゃんは迷わず音楽を選択していた。ギターを弾きたかったらしい。
私もなっちゃんと同じ授業をとりたかったけれど、楽器のセンスはないし、意外とこの墨の匂いが好きなのだ。美術はもっての外。
ちなみに東雲くんも音楽。意外だったのでどうしてか聞いたら「安かったから」。家庭思いな人だった。
確かに書道は筆代が少し張っていた。
もう一つ書道の難点といえば、男子が多いこと。
本当に多くて騒がしい。集中力を切らすと、もう一度集中するのは至難の業だった。私の隣も騒がしい男子。
「……春川、なんで書道選択したの?」
「じゃんけんで負けたんだよ」
春に比べてだいぶ話すようになった彼だけれど、若干まだ苦手意識がないわけじゃない。
太陽の光は強すぎると目が眩んで邪魔になる。そんな感じだ。
「望月は上手くて羨ましーわ」
「普通だよこれぐらい」
可もなく不可もなく、及第点は取る。
私のモットー。
実際私の書道の出来は本当に普通レベルだ。
「そういえば、お前東雲と仲良いよな」
春川の一言で自分でも分かるぐらい固まった。
書いていた文字の不自然な染みが動揺を視覚化する。彼も何気なく話題に出しただけだったのだろう、墨汁溜まりを見て、マジか、と小さく声を漏らす。
これはおじゃんだ。
「普通でしょ」
「普通ってなんだよ」
深い問いかけだった。いったい普通って何なのだろう。私にはわかりそうもない。
まあ、確かに春川よりは仲がいいだろうな。
なっちゃんと春川レベルには到底達していないけれど。
と。ここまではよかったのに。
「もしかして付き合ってんの?」
その一言で書道室が静まる。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
「……え?」
頑張って絞り出した返答。
「マジ?」「そうなの?」「相手があの東雲ってやばくね」「それな」「ワンチャンあの人も陰キャじゃね? 名前知らないけど」と言いたい放題言われている。
失礼すぎる。私もあなたたちの名前知らないけど。
というか、東雲くんがこんなことを言われているなんて知らなかった。
上手く馴染んでいる勝手に思っていたが、どうやら理系クラスは内向的な性格に厳しいらしい。
春川も春川だ。なんでそれをこの空気感の今聞いてくるの?
まあいいけど。事実はちゃんと言わねばならない。
「付き合ってるわけないでしょ」
半紙を取り替える。あくまで冷静を装って。
その一言を聞いた野次馬達はそれぞれの会話に戻っていった。安堵と共にどっと疲れがこみ上げる。あんなに慣習の的になったのは初めてだ。結構神経を使う。
これだから男子は苦手なのだ。
「じゃあ好きなんだ?」
「はい?」
息つく暇もくれないその質問に思わず春川を見てしまう。
ちょっとニヤニヤとして、いかにもお前で遊んでますって感じ。
せっかくのアイドル顔なのに、こういうノリが本当に苦手。パーソナルスペースにずかずかと入られる。
「東雲のこと好きなんだろー?」
復唱され言葉を濁す。
東雲くんには普通に好意を持っている。というか、好意しかない。
いつも無表情だけど笑うとかっこいい、眼鏡の良く似合う理系のひと。
この好きが春川の言う好きなのかわからないし、そもそもこの男が私になにを言わせたいのかもわからなかった。
私は春川に言う。
「別に好きじゃないよ」
普通、だと。
「……ふーん、『普通』ね」
「『普通』」
『普通』に好き。だと思う。
「ま、今はそういうことにしてやる。あとでまた聞くからな」
後なんてなくていいのに。
会話が途切れた。
また臨書に集中する。
でも、今日の作品はダメダメだった。
こんなに乱れた気持ちで、集中なんてできるわけない。
外からは音楽の授業の人たちのギターの音。喧騒から一人取り残されたような感覚を覚えながら、私は臨書をする。
週に二時間、芸術の授業がある。
書道、音楽、美術の中から選択で、私は書道を選んだ。
なっちゃんは迷わず音楽を選択していた。ギターを弾きたかったらしい。
私もなっちゃんと同じ授業をとりたかったけれど、楽器のセンスはないし、意外とこの墨の匂いが好きなのだ。美術はもっての外。
ちなみに東雲くんも音楽。意外だったのでどうしてか聞いたら「安かったから」。家庭思いな人だった。
確かに書道は筆代が少し張っていた。
もう一つ書道の難点といえば、男子が多いこと。
本当に多くて騒がしい。集中力を切らすと、もう一度集中するのは至難の業だった。私の隣も騒がしい男子。
「……春川、なんで書道選択したの?」
「じゃんけんで負けたんだよ」
春に比べてだいぶ話すようになった彼だけれど、若干まだ苦手意識がないわけじゃない。
太陽の光は強すぎると目が眩んで邪魔になる。そんな感じだ。
「望月は上手くて羨ましーわ」
「普通だよこれぐらい」
可もなく不可もなく、及第点は取る。
私のモットー。
実際私の書道の出来は本当に普通レベルだ。
「そういえば、お前東雲と仲良いよな」
春川の一言で自分でも分かるぐらい固まった。
書いていた文字の不自然な染みが動揺を視覚化する。彼も何気なく話題に出しただけだったのだろう、墨汁溜まりを見て、マジか、と小さく声を漏らす。
これはおじゃんだ。
「普通でしょ」
「普通ってなんだよ」
深い問いかけだった。いったい普通って何なのだろう。私にはわかりそうもない。
まあ、確かに春川よりは仲がいいだろうな。
なっちゃんと春川レベルには到底達していないけれど。
と。ここまではよかったのに。
「もしかして付き合ってんの?」
その一言で書道室が静まる。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
「……え?」
頑張って絞り出した返答。
「マジ?」「そうなの?」「相手があの東雲ってやばくね」「それな」「ワンチャンあの人も陰キャじゃね? 名前知らないけど」と言いたい放題言われている。
失礼すぎる。私もあなたたちの名前知らないけど。
というか、東雲くんがこんなことを言われているなんて知らなかった。
上手く馴染んでいる勝手に思っていたが、どうやら理系クラスは内向的な性格に厳しいらしい。
春川も春川だ。なんでそれをこの空気感の今聞いてくるの?
まあいいけど。事実はちゃんと言わねばならない。
「付き合ってるわけないでしょ」
半紙を取り替える。あくまで冷静を装って。
その一言を聞いた野次馬達はそれぞれの会話に戻っていった。安堵と共にどっと疲れがこみ上げる。あんなに慣習の的になったのは初めてだ。結構神経を使う。
これだから男子は苦手なのだ。
「じゃあ好きなんだ?」
「はい?」
息つく暇もくれないその質問に思わず春川を見てしまう。
ちょっとニヤニヤとして、いかにもお前で遊んでますって感じ。
せっかくのアイドル顔なのに、こういうノリが本当に苦手。パーソナルスペースにずかずかと入られる。
「東雲のこと好きなんだろー?」
復唱され言葉を濁す。
東雲くんには普通に好意を持っている。というか、好意しかない。
いつも無表情だけど笑うとかっこいい、眼鏡の良く似合う理系のひと。
この好きが春川の言う好きなのかわからないし、そもそもこの男が私になにを言わせたいのかもわからなかった。
私は春川に言う。
「別に好きじゃないよ」
普通、だと。
「……ふーん、『普通』ね」
「『普通』」
『普通』に好き。だと思う。
「ま、今はそういうことにしてやる。あとでまた聞くからな」
後なんてなくていいのに。
会話が途切れた。
また臨書に集中する。
でも、今日の作品はダメダメだった。
こんなに乱れた気持ちで、集中なんてできるわけない。