【完結】私に甘い眼鏡くん
正門前の中庭、三年生の模擬店はかなり個性豊かだった。

あんこレベルからこだわったという和菓子屋に、輪投げのゲームのお店やカスタムタピオカ店。
もはや一高校の文化祭とは思えなかった。しかし私たちとて負けてはいられない。

去年よりかは幾分も緩和されたとはいえ、結局は人混みだった。


「三年生すごいね。値段の付け方も絶妙だし」
「正門前での店なら敷地に入ってすぐに気軽に買えるものにするのは王道だ。
あとは開放感がある分ギャラリーに面白そうと思わせやすい」
「確かに、私たちのところは教室まで来てもらわなくちゃいけないもんね」
「特にあのヨーヨーの店、負けず嫌いな人間の性質を理解してる」


子供用プールには色とりどりのヨーヨーが浮いていた。隣にあるホワイトボードには上位三名の学年クラス名前と記録が書かれている。

もらえるのは一人二個までだが、こよりが切れるまでキャッチ&リリースを繰り返し記録に挑戦することができるらしい。
最終日までに三位以内に入っていれば、図書券五百円分がもらえるそうだ。一回二百円。


「‥‥‥やる?」
「やる」


どことなくうずうずしているように思えたので聞いてみたら、やっぱりやりたがっていた。
私たちは四百円払ってこよりを二つもらう。


「どれがいいかな~」


可愛い風船を探している私の横で、轟の速さで東雲くんは一つ目のヨーヨーをゲットしていた。しかも無言で。

驚きつつ私もようやく風船を決める。
しかしなんということか、持ち上がったと思った瞬間にブチッとこよりが切れてしまった。
ごめんねーと悪そうな顔で先輩に平謝りされる。

しまった、私はこの人たちの売り上げに簡単に貢献してしまった。

おそらく悔しさがにじみ出ていた私に別の先輩は顔を青くしていた。


「大丈夫だよ、彼氏がめっちゃとってるから」


いつだったかも同じように言われたな、と思った。
男女が一緒にいるのって、そんなに友達以上に見えるのか。

ただ、そういわれて悪い気はしなかった。


「気を落とさなくていい。彩がもらいたい風船、二つ選んで待ってて」
「うん、じゃあ、これとこれかな」


青と薄紫のヨーヨーを選んだ。

と同時になにか違和感。

二十一個目でぼちゃんとヨーヨーが水の中へと落下した。
先輩たちはあからさまに安堵の表情を浮かべた。

彼が名前を聞かれている間、もらったヨーヨーで軽く遊ぶ。


「二年十組って、あの女装メイド喫茶のクラス!?」「君女装してんの!?」「俺は裏方ですけど、引くほど仕上がってるのでご来店お待ちしてます」「行くか! お前の記録で商売あがったりだわ!」


知らない人のはずなのに妙に楽しそうに会話をしていた。
時間もそろそろだったので私たちは足早に持ち場に戻った。


「東雲くんすごいね。なんでそんなにつれるの?」
「物理法則を考えれば余裕」


私は物理、全くわからない。やっぱり東雲くんはすごい人だ。


「そうなんだあ」
「冗談だよ。コツがあるだけ」
「なんでそんな頑張ったの?」


決まってるよ、と少し目を細めた。


「越えられない壁に挑戦する人は、現実が見えていない人だけだから」


‥‥‥ただの営業妨害だった。



一日目終了まで残り一時間。
休憩時間が終わると、私はウィッグをかぶり自作のタキシードを着て、東雲くんに男装をお披露目した。
更衣室前の待機スペースでわざわざ待っていてくれたのだ。


「おかえりなさいませ、ご主人様。どう?」


似合ってる以外は受け付けないけど、と付け足すと、彼は顔半分を右手で隠して言った。


「悪くないと思う」


歯切れの悪い回答だったが、耳が赤くなっていた。
彼にできる最大限の誉め言葉だったのに違いない。

こそばゆい気持ちでそれぞれの持ち場に戻った。


「じゃ。頑張れ、彩」
「お互いにね!」


返事をして気付いた、違和感の正体。


今、名前で呼んだ!?


廊下を見渡しても彼の姿はすでにない。


「すみません、一枚写真撮らせてください!」
「えっわた、いや、僕ですか!?」


大混乱、いやそれは私だけか、大盛況のうちに、一日目は幕を閉じた。

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