【完結】私に甘い眼鏡くん
メイクが施され借り物のメイド服を急遽着せられた東雲くんは過去最高に不機嫌だったが、それ以上にメイク映えしすぎていて困る。
脚の毛は真夏に申し訳ないが黒タイツで隠し、腕は‥‥‥毛が薄く肌も女子顔負けの白さで全く問題なかった。

もはや少しぐらい違和感があってほしかったぐらいだった。


「とりあえず看板もって中庭練り歩いてきて! なるべく内股で! あと彩はこれ持ってついてって!」


なっちゃんの勢いに押され、私たちは男装・女装をしながら客引きに注力した。東雲くんの美貌はすれ違う男子が全員二度見する。

『あの二年十組の最終兵器につき、撮影は一回二百円です』という看板を持たされ、集金しながら写真を撮った。

中には私と東雲くんの写真が取りたいという注文もあった。
メイドさんの手の甲にキスをしながら!!というご要望に応えると、チップとして五百円ももらえてしまった。
もちろん売り上げに入れる。


「なんかごめんね東雲くん。勝つにはこれしかないと思って」


かなりの金額が集まり一旦私たちのブースに戻る。
三十分、絶え間なく接客していた気がする。


「いい。それより俺のことも名前で呼んで。気付いてるよな」


ドキリとした。一回息を大きく吸う。


「夕くん?」


ん、と満足気な夕くん。でも今はただの美少女だった。


「名前知らないのかと思ってた」
「いじわる言わないでよー」


軽く言い合っていると、騒がしい廊下の奥からさらに騒がしい声。


「‥‥‥あれ、うちのクラスじゃない?」
「おそらく。行くぞ」


とても自然に繋がれた手。人をよけながら器用に走っていく。
店の前は人で大変なことになっていた。どうにかなっちゃんを探し当てる。


「なっちゃんこれは!?」
「彩、東雲! 良かった、見てこれ!」


差し出されたのは太一のSNSの投稿。


『俺でも惚れる隠し玉。今日限りの魔法がかけられたメイドに会いに来てください!』


それぞれが先ほど呟いた内容だ。夕くんの画像付きだが、驚くほどバズっている。


「やば‥‥‥」
「でしょ!? これ全員あんた目当てなの。ホール入ってくれるよね!?」


祈るなっちゃんに完全に困り顔の夕くん。


「おい、お前のせいで通知止まんねえよ! 有名人か俺は!?」


クレームを入れにきたかと思いきや、今日限りは太一も頭を下げる。


「彩も一緒ならやる」
「わかった! いいよね!?」
「え、」
「ホール二人入ります! 彩くんと夕ちゃんです!」


私の返事など全く聞かずホールになげだされた。
なっちゃんの一言を聞いた観客は拍手で夕くんを迎える。
ちょっとだけやりづらかったのは内緒。

それから私たちはお昼も食べずに学園祭終了間際までずっと働いていた。
写真を撮りケチャップでアートし滋養強壮に聞くセリフを言い写真を撮った。
とにかく夕くん、いや、夕ちゃんの写真を撮った。

最後の方、疲れ気味の彼のぶっきらぼうな接客も、『逆にいい』と好評だった。
もはや何をしても許されるんじゃないだろうか。

後夜祭の表彰式、私たちは東雲ブースト(とみんな呼んでいた)で勝利し、その采配を振るったなっちゃんは壇上で五万円を天に掲げた。大歓声でお迎えする。

去年は後夜祭に参加しなかったという夕くんは、みんなに強く勧められて打ち上げの参加を勝手に決められていた。

クラスになじむどころかもはや神としてあがめられている。
カースト革命だ。

夕くんが男子に囲まれているのを見て、私は自分のことのように嬉しくなった。


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