【完結】私に甘い眼鏡くん
アンケート結果も集計し、日程も組めたのでいよいよしおり作りだ。
私と夕くんはパソコン室で静かに作業を行っていた。
たまに業務内容の相談をして、それ以外はキーボードをパチパチ鳴らしている。
しかし他のクラスの人もいるので、パソコン室は静寂どころか喧噪に包まれていた。
本当に何も話してくれないし、私も話しかけづらい。
しおり作り最終日は、私と太一で作業した。
なっちゃんは部活の引継ぎで副部長になってしまい抜けられず、夕くんは体育の時間に眼鏡を壊し早急に直す必要があったため、ピンチヒッターとして太一が来てくれた。
私一人でも十分だったのだが、楽できたのでよしとしよう。
仕事を終えすがすがしい気持ちで校舎を出た私たちは、その寒さに震えた。
「寒過ぎね? 暗いし」
「もう冬だよね」
十一月中旬。
マフラー着用でももう街中では浮かないぐらいの寒さだった。
夏はあんなに長く出ていた太陽も、こんなに早い時間なのにもう沈みかけている。
「とりあえず、仕事終わってよかったー。あとはもうほとんど仕事ないよな」
「うん。意外とあっさりだった」
「俺は結構文章考えるの苦労したけど」
「太一ってよく特進受かったよね‥‥‥」
「中学は勉強できるほうだったからなー」
つい失礼なことを言ってしまったが、流された。
そうはいいつつも、部活と勉強両立できてるのはすごいよ、と心で弁解しておく。
「そういえばさ、俺の中学の時の話、聞く?」
「なっちゃんと夕くんとの話?」
「なんだよ知ってんのかよ」
「え、知らないかも。教えて」
自転車を押す彼はうーんと言いながら話し始めた。
そして大体のところはなっちゃんに聞いた通りだった。
でも、知らない話もあった。
夕くんと、太一の初恋の女の子の話。
「最近気づいたんだよな。東雲、多分悪意があっていったわけじゃなくて、本当に興味なかったんだろうし、ああやって目立つことも心底嫌だったんだと思う」
「うん。きっと悪気はなかったよ」
「俺にしてもさ。ずっと自分のことばっか考えて、あいつの気持ちとか考えたことなかった。あれでもいろいろ考えてんだよな」
おもむろに立ち止まって、大きなため息をついた。
「俺が全面的に悪かったわ!」
偉いな、と思った。あの太一が、自分の非を認めたことも驚いた。
でも、すぐに、仲良くするつもりはないけど、と笑い歩き出す。
「あと、奈月のことも、お前のこともなんだけど。俺、誰かのことが好きなやつしか好きになれないっぽい」
「え?」
「軽く聞いて欲しいんだけど、うち、父子家庭なんだよ。母親がヒステリックで、俺散々ネグレクト受けて、んで離婚して、こっちの父親の実家でじいちゃんとばあちゃんと暮らしてる。小学生の時の話な」
何も言えなかった。
なっちゃんも知っているのかもしれない。
あの時言いかけてやめたのがこの話だったとしたら、言いとどまった彼女の判断は正しい。
「母親が俺に手出すのは親父がいない時で、でもたまたま帰りが早かった時、俺が殴られて泣いてた。あの時の親父のショックな顔、今でも覚えてる。
母さんが大好きな人だったけど、俺のために離婚してくれた。
裏切られた親父を見たら、本気で人を好きになるってことが怖くなった」
黙って話を聞いた。太一は私の方を見ずに、淡々と話す。
「それで、ちょっとだけ性格が歪んで。
人の好意踏みにじってる奴見ると母親のこと思い出すし、俺は傷つきたくないっつーか、最初から無理だってわかってるやつにしか好意持てないんだよな。
こんなだから本気で人好きになってるやつに憧れてるのかもしれないけど。」
確かに彼が好きになったのは、好きな人がいる人ばかりだし、そういわれると納得せざるを得ない。
中学のとき、夕くんがどんな言葉で、雰囲気で、フったのかはわからないけれど、太一からしたらきっとあり得なかったのだろう。
けれど残念ながら片想いというものは所詮一人よがりで、好意を返す義務なんてもらった側には一ミリだってない。
きっと太一もそれを理解して、反省したのだろう。
そんな事情を抱えていたなんて、夢にも思わなかったけれど。
太一は言葉を切った。深く息を吸って、続けた。
「でも、彩に対しては本気だと思う。本気で好きで、でも東雲のことで傷ついてるお前は見てられなくて、つい仲取り持っちゃうんだよなー」
「太一‥‥‥」
なんて言えばいいのかわからなかった。
いつも太一の優しさに甘えていたし、でもそれはただの優しさだと思っていた。
あの告白、設定って言っていたくせに。
「そんな顔すんなよ。言っとくけど、最初はマジで彩のことなんて何とも思ってなかったんだからな。悪意ある嫌がらせだったからな」
「はいはい」
そこまで言わなくてもいいのに。と思いつつ、彼がなにかを話してくれないと、私からは何も言えなかった。
結局、私は太一の優しさにすがっているだけなのかもしれない。
「俺じゃ、ダメなんだよな」
「え」
「もう聞かないから。これで最後だから、真剣に答えて」
こんなに真面目な顔の太一は初めて見たかもしれない。
優しくて、いつもそばで見守っていてくれる。
それでも、私は‥‥‥。
「ごめん。夕くんが好き」
彼は何も言わず、ふ、と笑った。
そして急に大声で叫ぶ。
「あーーーー!!!! 俺も彼女ほしい!!!!!」
「ちょ、ちょっと。周りみんな見てるよ」
スクランブル交差点の信号待ち。
中高生にOL、サラリーマン。
怪訝そうな目で私たちを一瞥して、すぐに興味なさそうに視線がスマホに移る。
「すっきりした。ありがとな。ごめんねとか言うなよ、よけい惨めだから」
太一はそう念押ししてから、そういえば、と何事もなかったかのように話し出した。
私と夕くんはパソコン室で静かに作業を行っていた。
たまに業務内容の相談をして、それ以外はキーボードをパチパチ鳴らしている。
しかし他のクラスの人もいるので、パソコン室は静寂どころか喧噪に包まれていた。
本当に何も話してくれないし、私も話しかけづらい。
しおり作り最終日は、私と太一で作業した。
なっちゃんは部活の引継ぎで副部長になってしまい抜けられず、夕くんは体育の時間に眼鏡を壊し早急に直す必要があったため、ピンチヒッターとして太一が来てくれた。
私一人でも十分だったのだが、楽できたのでよしとしよう。
仕事を終えすがすがしい気持ちで校舎を出た私たちは、その寒さに震えた。
「寒過ぎね? 暗いし」
「もう冬だよね」
十一月中旬。
マフラー着用でももう街中では浮かないぐらいの寒さだった。
夏はあんなに長く出ていた太陽も、こんなに早い時間なのにもう沈みかけている。
「とりあえず、仕事終わってよかったー。あとはもうほとんど仕事ないよな」
「うん。意外とあっさりだった」
「俺は結構文章考えるの苦労したけど」
「太一ってよく特進受かったよね‥‥‥」
「中学は勉強できるほうだったからなー」
つい失礼なことを言ってしまったが、流された。
そうはいいつつも、部活と勉強両立できてるのはすごいよ、と心で弁解しておく。
「そういえばさ、俺の中学の時の話、聞く?」
「なっちゃんと夕くんとの話?」
「なんだよ知ってんのかよ」
「え、知らないかも。教えて」
自転車を押す彼はうーんと言いながら話し始めた。
そして大体のところはなっちゃんに聞いた通りだった。
でも、知らない話もあった。
夕くんと、太一の初恋の女の子の話。
「最近気づいたんだよな。東雲、多分悪意があっていったわけじゃなくて、本当に興味なかったんだろうし、ああやって目立つことも心底嫌だったんだと思う」
「うん。きっと悪気はなかったよ」
「俺にしてもさ。ずっと自分のことばっか考えて、あいつの気持ちとか考えたことなかった。あれでもいろいろ考えてんだよな」
おもむろに立ち止まって、大きなため息をついた。
「俺が全面的に悪かったわ!」
偉いな、と思った。あの太一が、自分の非を認めたことも驚いた。
でも、すぐに、仲良くするつもりはないけど、と笑い歩き出す。
「あと、奈月のことも、お前のこともなんだけど。俺、誰かのことが好きなやつしか好きになれないっぽい」
「え?」
「軽く聞いて欲しいんだけど、うち、父子家庭なんだよ。母親がヒステリックで、俺散々ネグレクト受けて、んで離婚して、こっちの父親の実家でじいちゃんとばあちゃんと暮らしてる。小学生の時の話な」
何も言えなかった。
なっちゃんも知っているのかもしれない。
あの時言いかけてやめたのがこの話だったとしたら、言いとどまった彼女の判断は正しい。
「母親が俺に手出すのは親父がいない時で、でもたまたま帰りが早かった時、俺が殴られて泣いてた。あの時の親父のショックな顔、今でも覚えてる。
母さんが大好きな人だったけど、俺のために離婚してくれた。
裏切られた親父を見たら、本気で人を好きになるってことが怖くなった」
黙って話を聞いた。太一は私の方を見ずに、淡々と話す。
「それで、ちょっとだけ性格が歪んで。
人の好意踏みにじってる奴見ると母親のこと思い出すし、俺は傷つきたくないっつーか、最初から無理だってわかってるやつにしか好意持てないんだよな。
こんなだから本気で人好きになってるやつに憧れてるのかもしれないけど。」
確かに彼が好きになったのは、好きな人がいる人ばかりだし、そういわれると納得せざるを得ない。
中学のとき、夕くんがどんな言葉で、雰囲気で、フったのかはわからないけれど、太一からしたらきっとあり得なかったのだろう。
けれど残念ながら片想いというものは所詮一人よがりで、好意を返す義務なんてもらった側には一ミリだってない。
きっと太一もそれを理解して、反省したのだろう。
そんな事情を抱えていたなんて、夢にも思わなかったけれど。
太一は言葉を切った。深く息を吸って、続けた。
「でも、彩に対しては本気だと思う。本気で好きで、でも東雲のことで傷ついてるお前は見てられなくて、つい仲取り持っちゃうんだよなー」
「太一‥‥‥」
なんて言えばいいのかわからなかった。
いつも太一の優しさに甘えていたし、でもそれはただの優しさだと思っていた。
あの告白、設定って言っていたくせに。
「そんな顔すんなよ。言っとくけど、最初はマジで彩のことなんて何とも思ってなかったんだからな。悪意ある嫌がらせだったからな」
「はいはい」
そこまで言わなくてもいいのに。と思いつつ、彼がなにかを話してくれないと、私からは何も言えなかった。
結局、私は太一の優しさにすがっているだけなのかもしれない。
「俺じゃ、ダメなんだよな」
「え」
「もう聞かないから。これで最後だから、真剣に答えて」
こんなに真面目な顔の太一は初めて見たかもしれない。
優しくて、いつもそばで見守っていてくれる。
それでも、私は‥‥‥。
「ごめん。夕くんが好き」
彼は何も言わず、ふ、と笑った。
そして急に大声で叫ぶ。
「あーーーー!!!! 俺も彼女ほしい!!!!!」
「ちょ、ちょっと。周りみんな見てるよ」
スクランブル交差点の信号待ち。
中高生にOL、サラリーマン。
怪訝そうな目で私たちを一瞥して、すぐに興味なさそうに視線がスマホに移る。
「すっきりした。ありがとな。ごめんねとか言うなよ、よけい惨めだから」
太一はそう念押ししてから、そういえば、と何事もなかったかのように話し出した。