【完結】私に甘い眼鏡くん
気を遣ってくれたのか、彼はベッドではなく化粧台の前の椅子に座った。
私はさっきまで寝ころんでいたベッドに座り込む。


「どうしたの?」
「あのさ」


少しの沈黙の後、私たちは同時に口を開いた。
少し笑って、夕くんの発言を促す。


「最近、嫌な態度で悪かった」
「え、いやいやそんな」


突然謝られても困惑するだけだ。
しかも嫌な態度をとられていた覚えがない。

冷たくされたけれど。
いや、これが嫌な態度なのか。

考え込む私をよそに、彼は続けた。


「俺たちって、その」


珍しく言葉を濁され、私はつい怪訝な顔になる。
意を決した彼は私を見据えて言った。


「付き合ってるのか?」
「え?」


ゆっくりと言葉を反芻し、問いの答えを導き出す。
でも回答はあの打ち上げのときと何も変わらなかった。


「付き合って、ないんじゃない‥‥‥?」


なぜ夕くんがそんなことを聞いてきたかはわからなかったけれど、おそるおそる言ってみた。


「そうか」


夕くんがしわを寄せているところを見るのは久しぶりだ。


「どうして?」


我慢できなくて聞く。眉間のしわが消えた。


「この前、告白された」

「っ、うん」

伊藤さんかな。

伊藤さんに違いない。行動力ありそうだし。


「大切な人がいるから、って断ったら、その人に言われたんだ。彩は彼氏じゃないって言ってたって」


伊藤さんだ‥‥‥。

この前っていつのことだろう。全く知らなかった。
いや、そもそも夕くんとまともに話してもなかったのだけれど。

‥‥‥ん? なにかが引っかかる。


「だから、考えてって言われた。保留にしてくれって」
「待って、大切な人って、私なの?」
「そうだけど」


なにか? という顔に私はいやいやとつっこみを入れる。


「聞いてない、というか夕くんは私と付き合ってるって思ってたの?」
「さすがにそこまで自意識過剰じゃない。ただ‥‥‥文化祭の日、告白したつもりだった」


珍しくわたりやすく赤面して目を逸らされた。
つられて私も顔が熱くなる。

そっか、あれ告白だったんだ。

いやわからないよ。

でも確かにそういわれればそうと思えなくもない。

でもやっぱりわからない。


「だからあの後、春川と帰られてショックだった。でも、なんかあったんだろ。気付けなくて悪かった」
「いや、あの、ごめんなさい」


ただ単純に、悪いことをしたという自責の念が湧く。


「‥‥‥お前は、誰にでも優しいから。その優しさに甘えていたのかもしれない」
「そんなことないよ」
「いろいろ悪かったな」


おもむろに席を立った夕くんの腕を慌てて掴む。


「どこ行くの」
「‥‥‥その子に呼ばれてる。返事くれって」


手が震えた。

嫌だった。

この流れだったら、きっと夕くんは付き合うつもりだ。
中学のときのような酷いフり方をする彼はいない。


だって、私が彼を変えたから。


「行かないで」


ああ、声も震えてる。手放したくない。
ここで離したら、きっと一生話せないんだ。


「私、夕くんが好きだから。私の特別な人だから」


私を選んでほしい、という言葉は飲み込んだ。

精一杯の告白をした。

ようやく言えた、ずっと言えなかったことを。

彼の表情は見えない。
空気の重たさにも耐えられなくなりそうなとき、彼は口を開いた。


「‥‥‥本当か」


ゆっくりと振り向いた彼は彼の腕を掴む私の手首を軽く握り、手を離させた。

こくりと首を縦に振ると、夕くんは私に近づいた。

私の体に、そっと腕が回される。


「彩は、特別で大事な人だ。‥‥‥好きだから、俺と付き合ってほしい」


答える代わりに、ぎゅっと抱きしめた。
華奢に見える体はしっかりとしていて暖かい。


「ちゃんと言って」


わかっているくせに。ズルい人だ。

でも、挨拶はきちんとしなくちゃ。


「こちらこそよろしくお願いします」


彼の腕の力の強まりを感じた。
お風呂上がりのシャボンの香りがくすぐったい。

ずっとこうして離れたくなかったけれど、夕くんが先に体を離した。

ぬくもりが消えて、少し物足りない気持ちになる。


「そんなさみしそうな顔するな」


こうしたかっただけ、とあっさり唇を奪っていった。


何度も何度もくっついて離れてを繰り返していると、頭がぼうっとする。


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