【短】ペシミスティックな欲望
「お疲れ様ー」

「お疲れ様です」


その声は、あの夜聞いた通りの…りんっとした響く声。

耳にすると背筋が伸びるような、その声に俺は思わず頬が緩む。


彼女は俺の存在には気付かないようで、下向き加減でのろのろと駅の方へと歩き出す。

俺は慌てて彼女の後を追った。


「ねぇっ…!キミ!花生さん!」


結構早歩きなんだなとか思いつつも、少し息の切れる声で彼女を呼び止めた。


「…、矢代さん…?」

「ごめん、急に呼び止めて。今帰り?」

「はい」


そう言って、彼女はまた、あの儚げな笑みを投げ掛けてきた。


ざわざわと騒がしい胸の中。
これが、恋だというのなら…彼女の目には俺はいつもどう映っていたのだろう?


そして、ふと……ほんの少しの好奇心から、彼女の左薬指に目をやって…。


あぁ、玉砕か、とすぐに思った。


そこには、実際にはめてはいないけれど、指輪の跡があり…彼女の傍にいることを許される人物が、既にいるということを表していたから。



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