痛み無しには息ていけない
それは彼氏さんから沙織に向けての言葉だった。
沙織はそれに対して、“夢でも良いなら逢いたいよ”と返してる。


「……夢まで逢いに行ってるじゃん」


だって、夢に出てきてるって、そういう事だ。
そう言って何気なく沙織の顔を見た自分は、見過ごせない物を目撃した。


「でも無理なんだよ。夢に出てきてもリアリティ無いし、当然相手の知る所じゃないし、触れても温かくない」


沙織の目からは、涙が零れていた。自分はそっと、沙織の前にポケットティッシュを差し出した。
沙織のみた夢は、何処かの韓国映画みたいに、互いに相手の夢に呼応してる訳じゃない。
そんな事は出来ないんだ。だからこそ沙織は“しんどい”って言ってる。


「……。ティッシュ使いなよ」

「ありがと」


しんどいのは自分にも分かったから、沙織に簡単に“泣くな”とは言えなかった。
沙織の好物である苺オレを自販機で買おうとして立ち上がると、その沙織に腕を掴まれる。
今朝増えた無数の引っ掻き傷が痛む。自分はそっと座り直した。


「ねぇ、マコ…。どうすれば良いと思う?私、どうすれば良いの?」


何も言えない。
夢に逢いに行くんじゃもう足りないのなら、実際に逢うしかない。
けれど、今はそれだけは危険だ。
何がどういうキッカケで、疫病になるかも分からない。
何せ、空気感染で広がる“らしい”、原因不明の病なのだから。

自分は、腕だけは少なくとも傷も無く綺麗な状態の沙織を見る。
――自分みたいに、自傷してるから悪化しない、という事は無いだろう。


「…逢いに行くなよ」

「…うん」

「逢いに行かないで。危険だから」

「…うん。危険なのは、十分分かってるんだ……」


休憩時間が終わるベルが鳴る。
沙織は鼻をかんでから立ち上がった。
自分は沙織の為に苺オレを買ってから、後を追いかけた。
今の自分には、沙織に“元気出して”と苺オレを渡す事しか出来そうになかった。
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