侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
ケイヴォン散策とお茶の時間
屋敷へと連れ戻されたコーディアはエイリッシュから強く抱きしめられた。
叱られることもなくぎゅっと「よかったわ、無事で」と。
「ごめんなさい」と言うと「心配したのよ。何かしたいことがあったらちゃんと言うこと。いいわね」と言われた。
エイリッシュのコーディアを抱きしめる力が強くて、マーサのことを思い出した。力加減が彼女と一緒で、背中に回された腕から彼女の気持ちが流れ込んでくるようだった。
エイリッシュときちんと話をしたのは翌日のことだった。
「ねえ、コーディア。もしも、あなたがライルのことを好きになれないのなら遠慮しないでいいのよ。そうしたらわたくし、あなたに無理強いなんてしないわ」
コーディアは目を瞬いた。
エイリッシュは誰よりも熱心にライルとコーディアの結婚を進めていた。
コーディアの戸惑いを感知したのかエイリッシュが苦笑する。
「わたくし、あなたのことも大好きだもの。ミューリーンの娘だからっていうのもあるけれど、あなたに会ってみて大好きになったの。だからね、大好きなコーディアがライルと一緒じゃ幸せになれないのなら仕方がないわ」
「あの、でも。わたしライル様が嫌いというわけではなくて、その……苦手というか。男性自体に慣れていなくて。だからその、叱られているようで怖いとか、そういうことでもなく……」
コーディアは必死になって弁解した。必死になりすぎて本音がダダ洩れになっていることに気づかない。
エイリッシュは彼女の弁を聞いて笑いだす。
「そ、そうなの……ふふっ。ライルったら本当にまだまだよね。彼ってば一応侯爵家の跡取りでしょう。女性からちやほやされすぎちゃってて、コーディアにどう振舞ったらいいのか分からないみたいなの。ごめんなさいねえ、不出来な息子で」
「い、いえ。わたしのほうこそ至らなくって」
エイリッシュはコーディアにお茶を勧めた。
コーディアが淹れたてのお茶をちびちびと飲んでいると彼女が再び話を始めた。
「ねえ、コーディア。ライルにもう一度だけチャンスを与えてやってほしいの」
「チャンス……?」
チャンスとはなんだろう。
エイリッシュはずいっと顔を寄せてきた。
「あの子ともうひと月、一緒に過ごしてみて、ああこれはもうだめってなったら……わたくし潔くライルとあなたをくっつけるのを止めるわ。あの子との婚約は無かったことにしましょう」
「え……」
異例のことだった。そんなこと本当にできるのだろうか。コーディアがエイリッシュをじっと見つめると、彼女は不敵に笑った。
「わたくし、これでもインデルク社交界に顔が利くのよ」
「え、ええと……」
まだ新入りのコーディアとしてはどう返事をしてよいものか。
「ああでも、あなたのケイヴォンでの後見役はさせて頂戴な。おばさんあなたが安心してインデルクで暮らせるようにちゃんと取り計らうわ」
「わたし、でも……ムナガルに」
突発的な家出は反省した。みんなに迷惑をかけたし、メイヤーは責任を感じているだろう。
けれどムナガルが恋しいことには変わりはない。
「わかっているわ。ずっと暮らしていた大切な場所だったものね。でもね、あなたはインデルク人なのよ。だから、もう少しこちらに留まって頂戴。それで、インデルクのいいところも見つけて頂戴な」
「いいところ、ですか」
今のところあまり見つけられていない。
「わたくし少し性急すぎたわね。お友達が必要かなって思ったの」
エイリッシュが好意でしてくれていることはよくわかっていた。
けれどコーディアには目まぐるしすぎて息の仕方も分からなくなってしまっていたのだ。
「もっとゆっくりやりましょう。少し社交はお休みをして、あなたの好きなことをやりなさい。そういえばあなたのお父様から、あなたは読書が好きだと聞いているわ。どんな本が好きなの?」
コーディアは躊躇った。
たぶんコーディアの趣味は上流階級には合わない。現にアーヴィラ女子寄宿学校の先生たちもコーディアの読む本にはいい顔はしなかった。
「ええと……その……」
コーディアは言いあぐねた。
「わたくしもね、本を読むのよ。詩集はさっぱり。実は新聞に連載されている探偵小説が大好きなの」
「えっ! 本当ですか?」
エイリッシュがとっておきの秘密を言うときの煌めいた声を出す。二人きりなのに、ひそひそと声を落とすのは女性ならではのお約束だ。
叱られることもなくぎゅっと「よかったわ、無事で」と。
「ごめんなさい」と言うと「心配したのよ。何かしたいことがあったらちゃんと言うこと。いいわね」と言われた。
エイリッシュのコーディアを抱きしめる力が強くて、マーサのことを思い出した。力加減が彼女と一緒で、背中に回された腕から彼女の気持ちが流れ込んでくるようだった。
エイリッシュときちんと話をしたのは翌日のことだった。
「ねえ、コーディア。もしも、あなたがライルのことを好きになれないのなら遠慮しないでいいのよ。そうしたらわたくし、あなたに無理強いなんてしないわ」
コーディアは目を瞬いた。
エイリッシュは誰よりも熱心にライルとコーディアの結婚を進めていた。
コーディアの戸惑いを感知したのかエイリッシュが苦笑する。
「わたくし、あなたのことも大好きだもの。ミューリーンの娘だからっていうのもあるけれど、あなたに会ってみて大好きになったの。だからね、大好きなコーディアがライルと一緒じゃ幸せになれないのなら仕方がないわ」
「あの、でも。わたしライル様が嫌いというわけではなくて、その……苦手というか。男性自体に慣れていなくて。だからその、叱られているようで怖いとか、そういうことでもなく……」
コーディアは必死になって弁解した。必死になりすぎて本音がダダ洩れになっていることに気づかない。
エイリッシュは彼女の弁を聞いて笑いだす。
「そ、そうなの……ふふっ。ライルったら本当にまだまだよね。彼ってば一応侯爵家の跡取りでしょう。女性からちやほやされすぎちゃってて、コーディアにどう振舞ったらいいのか分からないみたいなの。ごめんなさいねえ、不出来な息子で」
「い、いえ。わたしのほうこそ至らなくって」
エイリッシュはコーディアにお茶を勧めた。
コーディアが淹れたてのお茶をちびちびと飲んでいると彼女が再び話を始めた。
「ねえ、コーディア。ライルにもう一度だけチャンスを与えてやってほしいの」
「チャンス……?」
チャンスとはなんだろう。
エイリッシュはずいっと顔を寄せてきた。
「あの子ともうひと月、一緒に過ごしてみて、ああこれはもうだめってなったら……わたくし潔くライルとあなたをくっつけるのを止めるわ。あの子との婚約は無かったことにしましょう」
「え……」
異例のことだった。そんなこと本当にできるのだろうか。コーディアがエイリッシュをじっと見つめると、彼女は不敵に笑った。
「わたくし、これでもインデルク社交界に顔が利くのよ」
「え、ええと……」
まだ新入りのコーディアとしてはどう返事をしてよいものか。
「ああでも、あなたのケイヴォンでの後見役はさせて頂戴な。おばさんあなたが安心してインデルクで暮らせるようにちゃんと取り計らうわ」
「わたし、でも……ムナガルに」
突発的な家出は反省した。みんなに迷惑をかけたし、メイヤーは責任を感じているだろう。
けれどムナガルが恋しいことには変わりはない。
「わかっているわ。ずっと暮らしていた大切な場所だったものね。でもね、あなたはインデルク人なのよ。だから、もう少しこちらに留まって頂戴。それで、インデルクのいいところも見つけて頂戴な」
「いいところ、ですか」
今のところあまり見つけられていない。
「わたくし少し性急すぎたわね。お友達が必要かなって思ったの」
エイリッシュが好意でしてくれていることはよくわかっていた。
けれどコーディアには目まぐるしすぎて息の仕方も分からなくなってしまっていたのだ。
「もっとゆっくりやりましょう。少し社交はお休みをして、あなたの好きなことをやりなさい。そういえばあなたのお父様から、あなたは読書が好きだと聞いているわ。どんな本が好きなの?」
コーディアは躊躇った。
たぶんコーディアの趣味は上流階級には合わない。現にアーヴィラ女子寄宿学校の先生たちもコーディアの読む本にはいい顔はしなかった。
「ええと……その……」
コーディアは言いあぐねた。
「わたくしもね、本を読むのよ。詩集はさっぱり。実は新聞に連載されている探偵小説が大好きなの」
「えっ! 本当ですか?」
エイリッシュがとっておきの秘密を言うときの煌めいた声を出す。二人きりなのに、ひそひそと声を落とすのは女性ならではのお約束だ。