侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「こらこらお二人さーん。公衆の面前で二人の世界に入られると困るんだけど」
呆れたような笑い声は初めて聞く男性のもの。
「ナイジェル」
ライルはばつが悪そうに顔を背けた。
ライルに近づいてきた青年は赤茶色の髪をしていて年の頃はライルと同じに見える。ライルよりも優しい目つきをしている。隣には美しい女性、アメリカを連れていた。ということは彼がアメリカの夫なのだろう。
「きみの婚約者に僕を紹介してくれないのかい?」
ナイジェルは人好きのする笑みを浮かべた。声も優しげだ。
ライルがコーディアに自身の学生時代の友人だとナイジェルを紹介する。
コーディアも先ほどと同じように丁寧に挨拶をした。一度経験していたから今回の出来はよかったと思う。
「こんばんはコーディアさま」
「こんばんはアメリカさま」
アメリカは唇をほんの少しだけ持ち上げた。コーディアはしっかりと彼女の目を見て挨拶を返した。
「ドレスとても似合っているわ」
「ありがとうございます。アメリカさまもとても美しいです」
二人が会話をしているとナイジェルが自然に入ってきた。
「僕の妻とはもう何度か会っているって聞いているよ。これからは四人で会う機会も増えると思うんだ。よろしくね、コーディア嬢」
「はい。よろしくお願いします」
コーディアは緊張した面持ちで答えた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。そうだ、百貨店には連れて行ってもらった? 彼生真面目だから最初は取り扱いが難しいと思うけど、いいやつなんだ。よろしく頼むよ」
「なんだその、母親みたいな台詞は」
ライルはナイジェルの言い方に文句をつける。
「あはは。きみが悩んでいたのを知っている者としては」
「余計なことを言うな」
ナイジェルとライルは気の置けない友人同士なのだろう。口調や会話の間の取り方かそれが伝わってくる。
「まあ、百貨店ですか……」
アメリカが呆れたような声を挟んだ。
「え、いいえ。その……」
コーディアはしどろもどろになる。
ライルにはあれからもう一度連れて行ってもらっている。確かに店内には中間階級と思しき女性の方が多かった。
きっとアメリカなどは昔からひいきにしている店から人を呼ぶなりして買い物をしているのだろう。
「僕も行ったことがあるよ、百貨店」
「あなたが?」
アメリカが隣の夫の顔を見やる。
「ああ。カレント・リデルと言って僕の大好きなおばあ様と一緒にね。一度評判のパーラーでアイスクリームが食べてみたいなんてわがままを言われてね。女性のわがままに振り回されるのが男性の役目ってね」
ナイジェルは気障ったらしく片目をつむった。
「まあ。おばあ様と。初耳だわ」
「今度きみも付き合ってあげてよ。いたくお気に召したようだ」
「……考えておきますわ」
アメリカはしばしの間の後、そう答えるに留めた。アメリカの夫はコーディアの想像とは少し違っていた。もっと、ライルのように真面目な男だと思っていた。
「ああそろそろ行く時間かな」
ナイジェルは懐中時計を胸ポケットから取り出した。気が付くと入口ホールの人はまばらになっていた。
「コーディア。お茶会の招待状受け取りましたわ。エイリッシュ様と連名ですのね。楽しみにしているわ」
「はい。わたし、もう逃げることはしません」
コーディアの宣言にアメリカはほんの少しだけ目を丸くした。それを周囲に気取られないくらいに一瞬のことだったけれど、彼女はゆるりと微笑んだ。
「それは楽しみにしているわ。それではまたのちほど」
そう言ってリデル夫妻はコーディアたちから離れていった。
ライルに促されてコーディアも階段を登り始める。
「茶会を開くのか?」
ライルは驚いたような声を出す。
「え、はい。そうなんです。エリーおばさまに相談をしたら是非にと賛成してくれたので」
「重荷にならないか? 別に無理をすることはない」
「いいえ。大丈夫です。わたし、わかってもらう努力をしていなかったんです。だから、一度ちゃんとぶつかろうと思いまして。頑張ってみたいなって思ったんです」
これはコーディア自身の決意表明。
決められた婚約という言葉に逃げるのはやめにする。ライルの隣に相応しい自分であるためにできることから始めてみようと思った。
自分でも不思議だった。
ライルを知るたびに彼との距離が縮まって、彼をもっと知りたいと思うようになった。それともう一つ。アメリカに失望されたことが悔しかった。
そう、悔しかったのだ。
彼女と対等になってみたいと思ったから。失望されたままでは嫌だなと思った。
「そうか。何か手伝えることがあれば私に行ってほしい」
「その言葉だけで充分です。ライル様」
コーディアは微笑んだ。
今は隣にいる彼のことがこんなにも頼もしい。
◇◇◇
呆れたような笑い声は初めて聞く男性のもの。
「ナイジェル」
ライルはばつが悪そうに顔を背けた。
ライルに近づいてきた青年は赤茶色の髪をしていて年の頃はライルと同じに見える。ライルよりも優しい目つきをしている。隣には美しい女性、アメリカを連れていた。ということは彼がアメリカの夫なのだろう。
「きみの婚約者に僕を紹介してくれないのかい?」
ナイジェルは人好きのする笑みを浮かべた。声も優しげだ。
ライルがコーディアに自身の学生時代の友人だとナイジェルを紹介する。
コーディアも先ほどと同じように丁寧に挨拶をした。一度経験していたから今回の出来はよかったと思う。
「こんばんはコーディアさま」
「こんばんはアメリカさま」
アメリカは唇をほんの少しだけ持ち上げた。コーディアはしっかりと彼女の目を見て挨拶を返した。
「ドレスとても似合っているわ」
「ありがとうございます。アメリカさまもとても美しいです」
二人が会話をしているとナイジェルが自然に入ってきた。
「僕の妻とはもう何度か会っているって聞いているよ。これからは四人で会う機会も増えると思うんだ。よろしくね、コーディア嬢」
「はい。よろしくお願いします」
コーディアは緊張した面持ちで答えた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。そうだ、百貨店には連れて行ってもらった? 彼生真面目だから最初は取り扱いが難しいと思うけど、いいやつなんだ。よろしく頼むよ」
「なんだその、母親みたいな台詞は」
ライルはナイジェルの言い方に文句をつける。
「あはは。きみが悩んでいたのを知っている者としては」
「余計なことを言うな」
ナイジェルとライルは気の置けない友人同士なのだろう。口調や会話の間の取り方かそれが伝わってくる。
「まあ、百貨店ですか……」
アメリカが呆れたような声を挟んだ。
「え、いいえ。その……」
コーディアはしどろもどろになる。
ライルにはあれからもう一度連れて行ってもらっている。確かに店内には中間階級と思しき女性の方が多かった。
きっとアメリカなどは昔からひいきにしている店から人を呼ぶなりして買い物をしているのだろう。
「僕も行ったことがあるよ、百貨店」
「あなたが?」
アメリカが隣の夫の顔を見やる。
「ああ。カレント・リデルと言って僕の大好きなおばあ様と一緒にね。一度評判のパーラーでアイスクリームが食べてみたいなんてわがままを言われてね。女性のわがままに振り回されるのが男性の役目ってね」
ナイジェルは気障ったらしく片目をつむった。
「まあ。おばあ様と。初耳だわ」
「今度きみも付き合ってあげてよ。いたくお気に召したようだ」
「……考えておきますわ」
アメリカはしばしの間の後、そう答えるに留めた。アメリカの夫はコーディアの想像とは少し違っていた。もっと、ライルのように真面目な男だと思っていた。
「ああそろそろ行く時間かな」
ナイジェルは懐中時計を胸ポケットから取り出した。気が付くと入口ホールの人はまばらになっていた。
「コーディア。お茶会の招待状受け取りましたわ。エイリッシュ様と連名ですのね。楽しみにしているわ」
「はい。わたし、もう逃げることはしません」
コーディアの宣言にアメリカはほんの少しだけ目を丸くした。それを周囲に気取られないくらいに一瞬のことだったけれど、彼女はゆるりと微笑んだ。
「それは楽しみにしているわ。それではまたのちほど」
そう言ってリデル夫妻はコーディアたちから離れていった。
ライルに促されてコーディアも階段を登り始める。
「茶会を開くのか?」
ライルは驚いたような声を出す。
「え、はい。そうなんです。エリーおばさまに相談をしたら是非にと賛成してくれたので」
「重荷にならないか? 別に無理をすることはない」
「いいえ。大丈夫です。わたし、わかってもらう努力をしていなかったんです。だから、一度ちゃんとぶつかろうと思いまして。頑張ってみたいなって思ったんです」
これはコーディア自身の決意表明。
決められた婚約という言葉に逃げるのはやめにする。ライルの隣に相応しい自分であるためにできることから始めてみようと思った。
自分でも不思議だった。
ライルを知るたびに彼との距離が縮まって、彼をもっと知りたいと思うようになった。それともう一つ。アメリカに失望されたことが悔しかった。
そう、悔しかったのだ。
彼女と対等になってみたいと思ったから。失望されたままでは嫌だなと思った。
「そうか。何か手伝えることがあれば私に行ってほしい」
「その言葉だけで充分です。ライル様」
コーディアは微笑んだ。
今は隣にいる彼のことがこんなにも頼もしい。
◇◇◇