侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 マックギニス侯爵は王宮での職には就いておらずライルも直接知っているわけではない。たまに夜会などで顔を会わせて挨拶を交わすだけだ。彼の息子ローガンもしかり、だ。同じ寄宿学校だったわけでもないし年も違う。

 だからどのような人物かと思い出そうとしてもこれといった特徴が浮かんでこない。

「マックギニス侯爵家の長男といえば、婚約したとか、なんとか。……破談になったのかしら。それともそのお相手よりもヘンリーの持つ財産の方が素晴らしかったのかしら。」

 ライルは母の情報網に脱帽した。
 確かにライルと同じ世代であれば結婚話の一つや二つ浮上するだろう。周りが未婚の男女くっつけたがるのだ。

「どうして破談になったんです?」
「さあ。そこまでは知らないわよ。たいして親しくもない間柄だもの。あそこの夫人とは気が合わないのよ」

 エイリッシュは肩をすくめた。

「でしたらヘンリー氏と交えて話し合いの場を設けた方が話が早いのでは?」
「それがねえ、彼ったら本当に忙しいようで、わたくしも連絡がつかないのよ。色々と相談したいこともあったのに。ケイヴォンの事務所の人間も、ヘンリー氏の行方については存じません、の一点張りで。一応連絡は取り合っているみたいなのですけどね。困ったわねえ……」

「それはそうと。コーディアと茶会を開くそうですね」
 これ以上この話題を続けても楽しくなさそうなのでライルは話を変えた。

「そうなの。コーディアからお茶会を開いたら駄目ですか、って聞かれてね。わたくしもそろそろ主催しようかと考えていたから、あの子に任せることにしたのよ」
 エイリッシュは嬉々として語りだす。

「最近のコーディアは明るくなったわよね。前よりも笑顔が多くなったし、空を見上げることも少なくなったわ」
「また、彼女の負担になりませんか?」

 ライルとしては前回同様コーディアの心が疲弊してしまうことの方が心配だ。思い詰めた彼女は突発的に家出をした。

 そこまで思い詰めていたコーディアの心情に寄り添うことができなかったことが悔やまれるし、今後は彼女をそういった状況に置きたくはない。だからライルはコーディアに無理をする必要はないと事あるごとに伝えている。

 そしてあの騒動を思い出すたびにライルの心は揺れる。単身飛び出すくらいに彼女はインデルクでの生活に疲れてしまったのだ。それはライルの心遣いが足りなかったせいもあるが、彼女が貴族の生活になじめなかったことも原因だ。

 コーディアのためを思うならライルはコーディアを自分の妻にしない方がよいのではないかと思うのに、彼女を知るたびに彼女を手放すことに耐えがたくなっていく。
 そのコーディアが茶会を開くなど、一体何を考えての行動だろう。

「大丈夫よ。コーディアの目を見たらわかるわ。あの子、ちゃんと前を向き始めたもの。インデルクのことを好きになってくれればいいわね」

 確かに、このところのコーディアは何かが変わった。ライルの仕事の話や貴族としての義務などを尋ねてくるようになった。
 ライルは彼女の真意を測りかねるままコーディアと話せることが嬉しくて彼女の質問に素直に答えていた。

「それはそうですが……」
 それでも不安はぬぐえない。

 ライルは自分の浅ましい心を自覚している。このまま自分がコーディアの婚約者だと言い続ければそれが既成事実になるのではないか、と。ゆっくりと外堀を埋めるように、昨日も友人らにコーディアを紹介した。彼女は、心の中ではそのことをどう感じていたのだろうか。
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