侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「母上。ゴシップ専門誌を愛読するのはやめていただきたいですね」
ライルはあきれた声を出す。
同じ席についているコーディアは『ケイヴォン日報』がどんな新聞か把握していないのだろう、小さく首をかしげている。
「あら、少し前からわたくしの好きな作家が連載を始めたのよ。『女中ミリアは見た』っていう小説でねえ。転々と家々を渡り歩く孤高の女中ミリアが行く先々で騒動に巻き込まれていくんだけれど、これがまた面白いのよ」
「はいはい。わかりました。それで、どの記事ですか?」
エイリッシュの小説の趣味への言及を避けたライルは脱線しかけた話を元に戻す。
「ええと、そうね。感想についてはあとでサイラスに語りつくすわ」
エイリッシュは新聞をめくっていく。
眼前に出された見出しを読みライルは目をすがめた。
『マックギニス商会社主、侯爵家二つを天秤か? 一人娘に二人の婚約者』
ライルは不愉快な記事を読み進めていく。
概要はこうだ。
マックギニス商会の社主ヘンリー・マックギニスは一人娘の結婚相手としてローガン・マックギニスに目をつけ、彼の婚約を破棄させたのにもかかわらず、最終的にはデインズデール侯爵家の嫡男に白羽の矢を立て、ローガンとの結婚は無しにするよう迫った。ローガン氏とロルテームの貴族との縁談に横やりを入れ、愛する二人を泣く泣く別れさせ自身の娘を売り込んだくせに、この変わり身の早さはどういうことか、と書かれてある。
「なんですか、この腹立たしい記事は。そもそもローガンの縁談話が流れたのは先方からの申し出だったと調べはついています」
ライルも一応調べていたのだ。
不躾なローガンについて、あれやこれを。
その中で彼の縁談話のことも知った。インデルクとは地続きではないが、同じディルディーア大陸の北東に位置するロルテーム王国の貴族との縁談をローガンは進めていた。しかし、いよいよ婚約を、という段階になって突如として先方から断ってきたのだ。
「ええそうね。向こうは相手の令嬢には別の男がいたとか、こちらの家格に怖気づいたとか色々なことを言っていたようだけれど。単にマックギニス侯爵家の債務の額を知ったお相手の父親が激怒しただけのようね」
それだって一年近く前のことよ、とエイリッシュは淡々と語った。
ライルもそこは知っていた情報なので頷いた。妻の莫大な持参金を当てにしての縁談である。
しかし先方も賢かったということか、事前に嫁ぎ先の台所事情を調べ上げ、結局話は立ち消えた。
「しかし、こんな記事いったいどこから」
「そりゃあ向こうが書かせたに決まっているでしょうよ。こんな、ローガンがいかにも被害者なんていう記事」
エイリッシュは怒りが収まらないのかいささか乱暴に椅子に腰を下ろした。
口調も平素よりも乱雑だ。
「ああ腹が立つったら。コーディアのことまで悪いように書いているのよ!」
「えっ……」
コーディアが驚いた声を出したのでライルとエイリッシュは慌てた。
「ええと、あなたは心配しなくてもいいのよ。なんていうか、これは大人の事情っていうものなのよ」
エイリッシュが慌てて取り繕う。
「エリーおばさま。わたしにも記事を見せてください」
「ええと……」
コーディアにじっと見つめられたエイリッシュはつい、と視線を明後日の方向に逸らせた。
「おばさま」
コーディアが尚も言い募る。
一番遅くに朝食会場に入ってきたのがエイリッシュだったためコーディアは親子の会話を聞きながら断片を繋ぎ合わせて事態を推測したのだろう。
「わかったわ。あとでね。わたくしつい頭に血が上ってここにコーディアがいることを忘れていたのよ」
エイリッシュはしゅんと肩を落とした。
「わたし、自分のことなのに何も知らせてもらえない方が……嫌、いえ、辛いです。だから、その……隠さずに教えてください」
「わかったわ。ひとまず朝食にしましょうか」
エイリッシュの力ない一言で使用人たちが朝食の皿をそれぞれの目の前に差し出した。
ライルはあきれた声を出す。
同じ席についているコーディアは『ケイヴォン日報』がどんな新聞か把握していないのだろう、小さく首をかしげている。
「あら、少し前からわたくしの好きな作家が連載を始めたのよ。『女中ミリアは見た』っていう小説でねえ。転々と家々を渡り歩く孤高の女中ミリアが行く先々で騒動に巻き込まれていくんだけれど、これがまた面白いのよ」
「はいはい。わかりました。それで、どの記事ですか?」
エイリッシュの小説の趣味への言及を避けたライルは脱線しかけた話を元に戻す。
「ええと、そうね。感想についてはあとでサイラスに語りつくすわ」
エイリッシュは新聞をめくっていく。
眼前に出された見出しを読みライルは目をすがめた。
『マックギニス商会社主、侯爵家二つを天秤か? 一人娘に二人の婚約者』
ライルは不愉快な記事を読み進めていく。
概要はこうだ。
マックギニス商会の社主ヘンリー・マックギニスは一人娘の結婚相手としてローガン・マックギニスに目をつけ、彼の婚約を破棄させたのにもかかわらず、最終的にはデインズデール侯爵家の嫡男に白羽の矢を立て、ローガンとの結婚は無しにするよう迫った。ローガン氏とロルテームの貴族との縁談に横やりを入れ、愛する二人を泣く泣く別れさせ自身の娘を売り込んだくせに、この変わり身の早さはどういうことか、と書かれてある。
「なんですか、この腹立たしい記事は。そもそもローガンの縁談話が流れたのは先方からの申し出だったと調べはついています」
ライルも一応調べていたのだ。
不躾なローガンについて、あれやこれを。
その中で彼の縁談話のことも知った。インデルクとは地続きではないが、同じディルディーア大陸の北東に位置するロルテーム王国の貴族との縁談をローガンは進めていた。しかし、いよいよ婚約を、という段階になって突如として先方から断ってきたのだ。
「ええそうね。向こうは相手の令嬢には別の男がいたとか、こちらの家格に怖気づいたとか色々なことを言っていたようだけれど。単にマックギニス侯爵家の債務の額を知ったお相手の父親が激怒しただけのようね」
それだって一年近く前のことよ、とエイリッシュは淡々と語った。
ライルもそこは知っていた情報なので頷いた。妻の莫大な持参金を当てにしての縁談である。
しかし先方も賢かったということか、事前に嫁ぎ先の台所事情を調べ上げ、結局話は立ち消えた。
「しかし、こんな記事いったいどこから」
「そりゃあ向こうが書かせたに決まっているでしょうよ。こんな、ローガンがいかにも被害者なんていう記事」
エイリッシュは怒りが収まらないのかいささか乱暴に椅子に腰を下ろした。
口調も平素よりも乱雑だ。
「ああ腹が立つったら。コーディアのことまで悪いように書いているのよ!」
「えっ……」
コーディアが驚いた声を出したのでライルとエイリッシュは慌てた。
「ええと、あなたは心配しなくてもいいのよ。なんていうか、これは大人の事情っていうものなのよ」
エイリッシュが慌てて取り繕う。
「エリーおばさま。わたしにも記事を見せてください」
「ええと……」
コーディアにじっと見つめられたエイリッシュはつい、と視線を明後日の方向に逸らせた。
「おばさま」
コーディアが尚も言い募る。
一番遅くに朝食会場に入ってきたのがエイリッシュだったためコーディアは親子の会話を聞きながら断片を繋ぎ合わせて事態を推測したのだろう。
「わかったわ。あとでね。わたくしつい頭に血が上ってここにコーディアがいることを忘れていたのよ」
エイリッシュはしゅんと肩を落とした。
「わたし、自分のことなのに何も知らせてもらえない方が……嫌、いえ、辛いです。だから、その……隠さずに教えてください」
「わかったわ。ひとまず朝食にしましょうか」
エイリッシュの力ない一言で使用人たちが朝食の皿をそれぞれの目の前に差し出した。