侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 コーディアが気にかけることがあるとすればただ一つ。
 ライルの迷惑になっていないか、ということだ。けれど、考えるまでもない。迷惑に決まっている。
 彼だって面白おかしく噂されているのは想像に難くない。

「ライルが怒っているのはローガンに対してよ。あなたの名誉を傷つけたんですもの。別にね、ライルの仕事に差し障りなんてないわよ。クラブでちょっといじられるだけよ」
 エイリッシュは後半部分からりとした声を出す。
「だからね、あなたも堂々としておいでなさい」

◇◇◇

 こういう注目のされた方には慣れていないライルではあるが、だからといって大人しく仕事と屋敷の往復というのも相手に遠慮をしているようで癪に障る。
「きみ、時の人だね」
 酒の入ったグラスを持ち上げるのは寄宿学校からの友人であるナイジェル・リデルだ。

 会員制クラブの、奥まった座席にライルとナイジェルを含む数人で集まり酒を飲んでいた。ナイジェルが気を使ってくれたのだ。

「別に時の人になった覚えはない」
 ライルはそっけなく答える。
 言い方が冷たくなってしまうのは好奇の目に晒されているからだ。
「ま、従妹同士の結婚の話なんて、俺らの階級じゃああいさつ代わりなものだしな」
 ナイジェルは陽気に笑い飛ばした。

 釣られて他の連中も「俺も昔親族の娘とそういう話が出たことあったし」とか付け加えた。
 ライルの階級では親同士の付き合いでそのような話が出ることは特段珍しいことでもない。

「アメリカも心配していたぞ。コーディア嬢のこと」
「伝えておく」
「今度晩餐の会を開こうと思っているんだ。本気だぞ。きみの婚約祝いちゃんとやらせてくれよ」

 ナイジェルが笑ったのでライルも口の端を持ち上げた。彼の純粋な好意が嬉しい。
 が、ライルはそのまま素直に喜ぶことができない。
 コーディアの気持ちがまだ分からないからだ。彼女は先日の茶会の後、ずっとインデルクで暮らしていくのだからと言っていた。
 ライルとの縁談は無しにしても彼女はこの国で暮らしていくことを覚悟したのだろうか。

 ライルはコーディアのことが好きだ。異性の女性として、彼女に想いを傾けるようになった。このまま彼女と結婚したいと望んでいる。
 けれど、コーディアは別に相手がライルでなくても構わないのではないか。エイリッシュはコーディアに選択権を委ねた。

「……ああ。そうだな」
 ライルの歯切れの悪さにナイジェルが方眉を持ち上げる。
「きみ、まさかあんな記事真に受けているのか?」
「いや、そうではない。ヘンリー・マックギニス卿は誠実な人間だ」
「ならどうしてそんなにも暗いんだい?」

 それはライルが一方的にコーディアに想いを寄せているからだ。エイリッシュはああ言ったが、ヘンリーはコーディアの意見に耳を貸すとは思えない。おそらく彼はこのままコーディアをライルの元に嫁がせてくるだろう。
 しかしライルはコーディアが親の決めた縁談だからとあきらめて自分の元に嫁いでくることが嫌だと感じている。彼女の愛情を独り占めしたいし、コーディアからも愛されたいと思っている。

「……暗くはない」
 いくら友人とはいえ、ライルの心情そのままに吐露する気にはなれない。
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