侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
◇◇◇
同じ日、ライルは待ち望んだ客人の訪問を受けた。
「まあ、ヘンリー! あなた一体どこに行っていたの! もうずぅぅぅっと連絡を取りたくて仕方なかったのよ」
玄関広間で客人を出迎えるのはその家の客用使用人や執事であるが、エイリッシュは昔から堅苦しいことを抜きに物事を進めたがる。そういう自由すぎる母を見て育ってきたライルのほうが母を反面教師にお堅く育ってしまった。
直接ヘンリーを出迎えたエイリッシュを追いかける形でライルも玄関広間まで出ることとなった。
「いや、すまない。そちらの動向は一応部下から報告を受けてはいたんだが、いかんせん秘密裏に行動をする必要があったもので」
「言い訳ならあとでたっぷりと言いたいところですけどね。コーディアがあなたの本当の娘ではないだなんて酷い記事まで出ているのよ」
エイリッシュとしてはここが一番許し難いようだ。この記事が出ていらい機嫌が悪い。
「はあ。そうですか……」
「はあ、そうですかってなんですかそれは」
ヘンリーの反応にエイリッシュがいちゃもんを着ける。
「いや、彼女は私とミリー、いやミューリーンの娘ですよ。紛れもなく。そっくりでしょう、あの頃の彼女に」
ヘンリーの事実をそのまま告げる物言いにエイリッシュも鼻息を荒くする。
「当たり前じゃない! 目の色はコーディアの方が濃いけれど、顔立ちは本当にそっくりだしふとした表情も似ているわ。ずぅぅっとミリーのことを見つめてきたわたくしが断言するのよ。あの子はミリーの娘だわ」
エイリッシュがヘンリーへの対抗心をむき出しにした返しをすると彼の方がなんとも言えない顔をして、「一応私に似ているところもあるにはあるんだがね」と小さく付け加えたがエイリッシュには黙殺された。
「それで、娘は部屋ですか?」
「ええと、そうね。本でも読んでいるのではないかしら」
呼んできてもらえる? とエイリッシュは手近な使用人に言いつける。
三人は応接間に腰を落ち着けた。
ヘンリーのするべきこととは要するに自分の兄一家の過去を洗いなおすことだった。
自分の老いを感じることが多くなった近年、ヘンリーの悩みの種といえば何かにつけて金を無心してくる兄一家だった。
兄の長男ローガンが裕福なロルテーム貴族の娘を妻に迎えることが決まって、一安心していたのにそれが破談になった。
ローガンの借金がばれたからだ。
とにかく自分に万一のことがあった場合、一人残されたコーディアを一族が狙うのは火を見るよりも明らか。
ヘンリーは自分がまだ健康なうちに後顧の憂いを無くしておこうと実家の侯爵家の膿を出しつくすことを考え実行に移すことにした。
「いえ、それはわかるけれどね」
話を聞かされたエイリッシュは額を押さえた。
「こちらにも一言言っておいてほしかったわ」
「余計な心配をさせたくはなかったもので」
「あなたね……」
エイリッシュはあきれ顔だ。
「それで、具体的には何をするつもりなのかしら?」
「ああそれは……」
ヘンリーが口を開いたとき、応接間の扉がばたんと開かれた。
客人が訪れているのにずいぶんと無作法だ。
「大変です、奥様!」
「まあ。何事ですか」
さすがのエイリッシュも声を固くする。
「それが……」
エイリッシュに用事を言いつけられた使用人が口ごもる。代わりに後ろからメイヤーが現れて頭を下げた。
「申し訳ございません。コーディア様がおひとりで出かけられました」
同じ日、ライルは待ち望んだ客人の訪問を受けた。
「まあ、ヘンリー! あなた一体どこに行っていたの! もうずぅぅぅっと連絡を取りたくて仕方なかったのよ」
玄関広間で客人を出迎えるのはその家の客用使用人や執事であるが、エイリッシュは昔から堅苦しいことを抜きに物事を進めたがる。そういう自由すぎる母を見て育ってきたライルのほうが母を反面教師にお堅く育ってしまった。
直接ヘンリーを出迎えたエイリッシュを追いかける形でライルも玄関広間まで出ることとなった。
「いや、すまない。そちらの動向は一応部下から報告を受けてはいたんだが、いかんせん秘密裏に行動をする必要があったもので」
「言い訳ならあとでたっぷりと言いたいところですけどね。コーディアがあなたの本当の娘ではないだなんて酷い記事まで出ているのよ」
エイリッシュとしてはここが一番許し難いようだ。この記事が出ていらい機嫌が悪い。
「はあ。そうですか……」
「はあ、そうですかってなんですかそれは」
ヘンリーの反応にエイリッシュがいちゃもんを着ける。
「いや、彼女は私とミリー、いやミューリーンの娘ですよ。紛れもなく。そっくりでしょう、あの頃の彼女に」
ヘンリーの事実をそのまま告げる物言いにエイリッシュも鼻息を荒くする。
「当たり前じゃない! 目の色はコーディアの方が濃いけれど、顔立ちは本当にそっくりだしふとした表情も似ているわ。ずぅぅっとミリーのことを見つめてきたわたくしが断言するのよ。あの子はミリーの娘だわ」
エイリッシュがヘンリーへの対抗心をむき出しにした返しをすると彼の方がなんとも言えない顔をして、「一応私に似ているところもあるにはあるんだがね」と小さく付け加えたがエイリッシュには黙殺された。
「それで、娘は部屋ですか?」
「ええと、そうね。本でも読んでいるのではないかしら」
呼んできてもらえる? とエイリッシュは手近な使用人に言いつける。
三人は応接間に腰を落ち着けた。
ヘンリーのするべきこととは要するに自分の兄一家の過去を洗いなおすことだった。
自分の老いを感じることが多くなった近年、ヘンリーの悩みの種といえば何かにつけて金を無心してくる兄一家だった。
兄の長男ローガンが裕福なロルテーム貴族の娘を妻に迎えることが決まって、一安心していたのにそれが破談になった。
ローガンの借金がばれたからだ。
とにかく自分に万一のことがあった場合、一人残されたコーディアを一族が狙うのは火を見るよりも明らか。
ヘンリーは自分がまだ健康なうちに後顧の憂いを無くしておこうと実家の侯爵家の膿を出しつくすことを考え実行に移すことにした。
「いえ、それはわかるけれどね」
話を聞かされたエイリッシュは額を押さえた。
「こちらにも一言言っておいてほしかったわ」
「余計な心配をさせたくはなかったもので」
「あなたね……」
エイリッシュはあきれ顔だ。
「それで、具体的には何をするつもりなのかしら?」
「ああそれは……」
ヘンリーが口を開いたとき、応接間の扉がばたんと開かれた。
客人が訪れているのにずいぶんと無作法だ。
「大変です、奥様!」
「まあ。何事ですか」
さすがのエイリッシュも声を固くする。
「それが……」
エイリッシュに用事を言いつけられた使用人が口ごもる。代わりに後ろからメイヤーが現れて頭を下げた。
「申し訳ございません。コーディア様がおひとりで出かけられました」