愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「清貴さん、ありがとうございました」
「俺はなにもしてない。頑張ったのは春生だろ」
清貴さんは、そう言って私の頭を軽く撫でた。
「……よし、話も済んだことだし仕事に行くか」
「これから旅館のほうに入るんですか?」
「いや、これから支店巡回でな。そうだ、春生も一緒に来るといい」
清貴さんはそう言って伝票を手に席を立つ。
「来るといいって……私が行っても邪魔になるだけだと思いますけど」
「そんなことない。行くぞ」
なにを根拠に言い切るのかわからないまま、私は彼に連れられ車に乗って目的地へと向かった。
どこの支店へ行くのか聞いても、『ついてからのお楽しみだ』と詳しくは教えてくれない。
そして行く先もわからず車に揺られること3時間弱。
そこは群馬県の山奥にある温泉街……そう、私の地元である、伊香保温泉街だ。
「ここ……ってことは、巡回先ってもしかして」
「あぁ、杉田屋だ。先日ちょうど新しい設備の導入と修繕箇所の補修も済んだそうでな、確認と現在の運営状況の確認に来た」
そっか、杉田屋も支店のひとつになったんだもんね。
だから私も一緒に連れて来てくれたんだ。
話しながら彼と一緒に温泉街を歩き、長く続く石段街の中腹にある『杉田屋』の看板を掲げた旅館へと入って行く。
外観は以前と変わらず、歴史ある木造建築の3階建て。
少し立てつけが悪かったはずの戸を横に引くとスムーズに開いたことに驚きながら建物へ入った。