愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「いらっしゃいませ……ってあら、春生ちゃん!おかえりなさい!」
中に入ると、昔からの顔なじみの仲居さんが少し驚きながらも笑顔で出迎えてくれた。
「こんにちは。冬子さんいますか?」
「今呼んでくるわね」
仲居さんが奥へ向かうと、ほどなくして冬子さんが姿を現した。
「春生!おかえり。清貴さんがいらっしゃるのは聞いてたけど……一緒に来るなら事前に教えなさいよ、もう」
相変わらずの明るい声で言う冬子さんに、私も笑って応えようとしたところ、隣の清貴さんが先に口を開く。
「いえ、自分が連れてきたくて急遽付き合わせたんです」
「あら、そうだったんですか。……ちょっと春生、ずいぶんラブラブじゃないの。これは孫が見られるまでそう時間もかからなそうねぇ」
「ふ、冬子さん!」
小声で下世話なことを言う冬子さんに思わず顔を赤くして怒る。
清貴さんは聞こえていないのか、あえて聞こえないフリをしているのか無表情のままだ。
「さっそくですみませんが、最近の状況はいかがですか」
「おかげさまで前年を大きく上回る客数で大盛況です。『あの名護グループの旅館なら』って期待を持っていらしてくださる方も多くて」
微笑む冬子さんがカウンターから取り出すのは、本日の予約客のリストだ。
表いっぱいに書き込まれた名前は、本日も予約でいっぱいであることを示している。
「それはなによりです。支配人も含めて設備状況や数字進捗等の共有をしたいのですがお時間大丈夫ですか」
「かしこまりました。奥へどうぞ、今主人を呼んでまいりますわね」
靴を脱ぎ旅館へあがる清貴さんに対し、私は靴を脱ぐことなくその場にとどまる。
「じゃあ、私は自宅の方に行ってますね」
仕事の話にまでついていくわけにはいかない。そう言って私は旅館のすぐ裏手にある自宅へと向かった。