愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「春生」
名前を呼ぶ声に顔を上げる。
すると、開けたままだった部屋の入口にはこちらを見る清貴さんの姿があった。
「あれ、清貴さん。もうお仕事終わったんですか?」
「もう、といっても2時間は経ってるぞ」
「えっ!?」
その言葉に驚いて手元の腕時計を見ると、確かに結構な時間が経っていた。
テキストも気付けば5冊近く読んでいたことに気付く。
「冬子さんが『勝手にあがっていい』と言っていたから、あがらせてもらったが、全く気付いてなかったな。これが泥棒だったらどうする気だ?」
「あはは、つい夢中になっちゃって」
清貴さんは、呆れたように言いながらも私の手元のテキストに目をとめる。
「それは?」
「学生の頃使ってたテキストです。必死に勉強してたなって、懐かしくなって」
ふいに窓から入った柔らかな風が、一歩部屋に踏み込む清貴さんの髪をふわりと揺らした。
「そういえば、どうして春生は英語教師になろうと思ったんだ?」
「もともとは英語が話せるようになりたくて。それで勉強していくうちに自分の世界が広がるのを感じて、他の人にも教えてあげたいって思って教師を目指したんです」
最初は教師という形にこだわるつもりもなかった。
そもそもの目的は、英語を話せるようになること、それだけだったから。
そのきっかけを与えてくれたのは、おぼろげな記憶のなかのひとつの出会い。