愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「あの泣き虫キヨが結婚だなんて、未だに信じられないよねぇ」
「泣き虫?」
思わず声を出してしまう私に、清貴さんの顔は嫌そうに歪む。
「茉莉乃。余計なこと言うな」
「事実じゃん。人見知りで泣き虫だったかわいいキヨちゃん」
「支配人を呼んできてくれ」
清貴さんにジロリと睨まれ、茉莉乃さんは笑いながらその場を去った。
「人見知りで泣き虫……だったんですか?」
「……子供の頃の話だ」
知られたくなかったのか、清貴さんは恥ずかしそうに顔を背ける。
そうだったんだ……今の様子からは想像つかないなぁ。
でも、泣き虫な幼い清貴さん、ちょっとかわいいかも。
「茉莉乃さんと仲いいんですね」
「あぁ。子供の頃からの付き合いだからな」
そっか、だから昔の清貴さんのことも知っているし、自然にあの距離感で話せるんだ。
清貴さんも長い付き合いに加え、あんな感じの彼女なら話しやすいのかもしれない。
腕に抱きつく腕と、仲の良いふたりの姿を思い出して胸の奥がチリ、と痛む。
「じゃ、じゃあ私行きますね」
その感情を隠すように、私はその場を歩き出した。
一度部屋に荷物を置き、それから特に目的もなくホテルの敷地内を歩いた。
本館と別館、庭園まで含めるとこのホテルはとても広い。
屋外広場やハンモックガーデン、ガラス張りのリビングカフェなど一日中ゆっくり過ごせるようなスペースが数多くある。
緑に囲まれた庭園を歩き、端にあるガゼボでひと休みしようと足を止めた。
椅子に腰かけ空を見上げると、そよそよと吹く風に周囲の木々が揺れる音が心地よい。