愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「あなたなんて、結婚相手を探してたキヨのパパがたまたま一番最初に声をかけた旅館の娘だったってだけ。キヨ自身に選ばれたわけじゃない」
清貴さん自身に選ばれたわけじゃない。
わかっていたけれど、その言葉が鉛のように重く心に沈む。
「キヨだって、キヨのパパの指示で断れなかっただけ。でもキヨ本人の気持ちはどう?本当に幸せなのかしら」
「でも、私も清貴さんも夫婦として少しずつ……」
「そもそも、なにをもってキヨの妻と言えるの?好きとか、愛してるとでも言われた?」
茉莉乃さんのその言葉に、それ以上の反論を飲み込んでしまう。
……だって、私そんなこと言われたことないと気づいてしまったから。
どんなに触れても、抱きしめてくれても、キスをしても……『好き』の言葉は聞けていない。
言葉に詰まる私に、茉莉乃さんは見透かすように笑う。
「その反応じゃ、言われたことすらないみたいね。そうよね、キヨは思ってないことを言うような人じゃないもの」
言葉にしないということは、その心にも思いはないということ。
そう実感してしまい、ズキッと胸が痛んだ。
「しょせんお飾りの“妻”ね。彼の幸せを思うなら、身を引いて」
茉莉乃さんはそう言って立ち上がり、その場をあとにする。
遠くなる後ろ姿に、ひと言も出てこない。
……反論なんて、できない。
だってそうだ。
私は杉田屋のために結婚話を受けただけ。
清貴さんはお父さんからの指示と世間体のため。
互いの気持ちなんて最初からなかった。
本当は清貴さんには想う人がいたら?
初恋の相手である茉莉乃さんと一緒になりたかったのだとしたら?
一緒に過ごして彼の優しさを知った。
だけど、それもただの同情や義務感から生まれた優しさなのかもしれない。
だとしたら、『好き』の言葉がなくとも納得できてしまう。