愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
その時、仕事用のスマートフォンの着信音が鳴った。
「はい、名護です」
『お疲れ様でございます、フロントです』
フロントからの電話……来客か。
今日はアポはなかったはずだが。
『ホテルナユキの名雪副支配人がいらしてます』
「名雪……茉莉乃か。通してくれ」
つい先日会ったばかりのはずだが、どうしたのか。
少しすると、コンコンとドアがノックされる。
「どうぞ」と声をかけるとすぐ開き、茉莉乃が顔を見せた。
「やっほー、キヨ!」
明るい声を発する茉莉乃は、幼い頃からの友人だ。
元気がよく人懐こいところが接しやすく、人付き合いが苦手だった俺もすぐ打ち解けられた。
「どうした?この前会ったばかりだろ」
「今日は仕事のついで。この近くのホテルで食事会があったから」
言われて見れば、その格好は黒いレースのワンピースにパールのネックレスと確かに余所行き用の服装だ。
俺はデスクから立ち、彼女のほうへ近付いて行く。
「この前は世話になったな。前日に決まったのにいい部屋を用意してもらえてよかった」
「どういたしまして。春生さんも楽しんでくれた?」
「……そうだな」
春生の名前に、ついぎこちない返事で頷いた。
そんな俺の反応に茉莉乃はふっと笑ってみせる。
「ごめんね、意地悪言った」
「え?」
「キヨたちが帰る日、たまたま見かけた春生さんが泣き腫らした顔してたから。喧嘩でもしたんだろうなって、分かってて聞いた」
……見られていたか。
あの春生の顔を見れば、なにかがあったことなど予想ついてしまうだろう。