愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「……喧嘩、というものじゃないんだけどな」
ぶつかることすらしていない、そんな俺たちの間ではまだ喧嘩ひとつすら生まれない。
いっそ気持ちをぶつけ合い、思っていることを伝え合えたなら。
その気持ちも簡単に知ることができるのに。
「ねぇ、春生さんとうまくいってないんでしょ。だから政略結婚なんてやめておけばよかったのに」
「……茉莉乃には関係ないだろ」
長い付き合いの相手とはいえ、春生とのことまで踏み込まれたくなくて、俺は茉莉乃に背中を向けた。
そのときだった。
伸びてきた細い腕が、俺の体に後ろからぎゅっと抱きつく。
「……茉莉乃……?」
突然のことに驚き、体がこわばる。
けれど茉莉乃は離す気配なく腕に力を込めた。
「今からでも遅くないよ。私と結婚しようよ」
「え……?」
「なんで気付いてくれないの?私は子供のころからずっと、キヨのことが好きだったのに」
茉莉乃が、俺を……?
今まで微塵も気付かなかったその事実に、なんと言っていいかわからず困惑してしまう。
「彼氏だって何人もいた。けど、誰と付き合ってもキヨといるときの高揚感とは違くて……やっぱりキヨが一番好きって思う」
華奢な指先がスーツにシワをつけるほどの力でしがみつく。
けれど俺は、茉莉乃に対して友人以上の気持ちを抱いたことはない。
心苦しいけれどそれをきちんと伝えようとした。
「……私の言葉なんかに揺れるような子は、キヨにふさわしくない」
その言葉に、俺は彼女の腕を振り払い体の向きを変えるとその両肩を掴む。
「春生になにか言ったのか!?」
「え?あ……」
ここまで俺が反応するとは思わなかったのか、茉莉乃は戸惑い一度口ごもる。
けれど観念したように口をひらいた。