愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
その時だった。
「春生!!」
この声は……。
呼ばれた名前に顔を上げると、目の前には駆けつけてきた名護さんの姿があった。
どうして、名護さんが……?
驚きのあまり先ほど滲んだ涙も引っ込んでしまう。
「名護さん……?なんで……」
「うちからは旅館に向かう道か、こっちの山に入る道しかないからな。念のためこっちを先に見に来て正解だった」
そう言いながら、名護さんは私の前に膝をつく。
そして地面に伏せたままだった私の体を起こし、手や顔の泥を拭った。
急いで追ってきたのだろう、少し息上げ髪も乱れている。
ただでさえ疲れているだろう体で、すぐ追いかけてきてくれた。
そのまま放って置くこともできたはずなのに……どうして。
不思議に思いながらも、私の手のひらについた土を軽くはたいてくれるその指先に触れて安心した。
その拍子に涙腺が緩んでしまい、目からはポロポロと涙がこぼれる。
「なんで追いかけてきたんですか……あんなに嫌がってたくせにー!」
地べたに座ったまま子供のようにわああんと泣き出す私を見て、さすがの名護さんも驚き目を丸くする。
「な、泣くほどか!?」
「溜まりに溜まってるものがあるんですー!」
これまで堪えてきたものを一気に爆発させるように泣き続ける。
そんな私に目の前の名護さんは明らかに困った顔をしてみせてから、頭をぽんぽんと優しく撫でた。
さっきは拒んだその手が今はとても優しく、ここに来てからずっと張っていた気を緩めた。