愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「聞いてはいたけど……立派な建物だなぁ」
あまりに大きな建物に、圧倒されるようにため息混じりにつぶやいた。
続いて運転席から降りてきたショートカットの中年女性……私の叔母である冬子さんは、ぼんやりとする私の背後に回り、少し曲がった帯をぐっと直す。
「なにを今更。あの名護グループの本店よ?立派に決まってるじゃない」
「そうだけどさ。まさかこんな大きな会社に自分が嫁ぐなんて思わなかったから」
まだ実感など湧くわけもなく、どこか他人事のような言い方になってしまう。
杉田春生、25歳。
職業は元高校の英語教師。
……わけあって現在は、無職。
独身、彼氏なし、そもそもここ数年恋愛自体ご無沙汰だ。
そんな私は今日ここで人生初のお見合いをする。
「……春生、本当にごめんね。嫌だったら今からでも断ってもいいのよ?」
「もう、何度も言ってるじゃん。大丈夫だってば!彼氏もいないし仕事もしてないし、寧ろ玉の輿の話が転がり込んでくるなんてラッキーだって」
申し訳なさそうに言う冬子さんに、私はえへへと笑ってピースをしてみせる。
そんないたっていつも通りな私に、冬子さんは眉を下げたまま、つられたように笑った。
「ありがとうね、春生」
冬子さんがここまで申し訳なさそうにする理由も、わからなくもない。
『お見合い』と言っても私に拒否権はない。
親たちの間でほぼ決まりきった縁談を確定させるための顔合わせのようなものだ。
というのも、このお見合いはいわゆる政略結婚というやつだから。