愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「悪い、歩くの早かったか」
「えっ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
私が清貴さんのペースについて行けないと思ったのか、申し訳なさそうに言いながら彼は私へ手を差し出した。
「ペース合わせるから、早かったら言ってくれ」
そういうわけじゃ、ないんだけど……。
でも、こうして私が遅れそうになると、合わせようとしてくれる。
その優しさが、『となりにいていい』と言ってくれている気がした。
彼の手をそっととると、その長い指がぎゅっと私の指を包んだ。
温かな気温の中、少し冷たい清貴さんの体温を感じると、胸がドキッと音を立てる。
坂道を登ったところに箱根神社はあり、境内に入り、観光客に紛れながら拝殿にお参りをした。
二礼二拍手をして、手を合わせたままそっと目を閉じる。
胸の中でささやく願い事は、一番は冬子さんを始め大切な家族の健康。
それと、杉田屋が繁盛しますように。
……あと。
目を開けてチラリと隣へ視線を向けると、そこには同じように目を閉じ手を合わせなにかを祈る清貴さんの横顔がある。
……清貴さんに、もっと近づけますように。
彼のことをもっと知りたい。
私のことを知ってほしい。
彼が自然と頼り甘えられるような、そんな存在になれますように。
……こんな願い事が自然と浮かぶなんて思わなかった。
私にとって大切なものは、冬子さんたちのことばかりだと思っていたのに。
今はこんなにも、彼の存在が胸を占める。